ISBN: 9784065417973
発売⽇: 2026/01/29
サイズ: 13.6×19.5cm/288p
「はくしむるち」 [著]豊永浩平
物語に満ちる「ぼくら」の声が生者と死者を結びつけ、その共振が火花を散らす。並行して進むのは、二つの物語だ。沖縄本島に住む同級生の行生と瑞人、円鹿(まどか)と未祐。彼らの居場所は行生の大伯父・修仁の営む喫茶店「赤インコ」だ。オタクと揶揄(やゆ)されいじめに遭う行生を、瑞人は毎度救い出す。そんな行生は、街中にスプレーで絵を描くグラフィティにのめり込む。
もう一つの物語の主役も十代の少年たち、ただし時は沖縄戦の前夜だ。師範学校に通う修仁と「赤インコ」と呼ばれる友。彼らはやがて、勤皇隊として前線に投入される。
描かれるのは、この島に穿(うが)たれた暴力の傷跡と、随所で炸裂(さくれつ)する現代の暴力だ。その渦中で少年たちは追い詰められ、暴力に駆り立てられる。その「犠牲者」は誰なのか?
幼い行生が夢中になった「ウルトラ」シリーズに登場する怪獣ムルチ。そのイメージが、姿を変えつつ全編を貫く。島の伝説では、大蛇(むるち)を鎮めるために娘が生贄(いけにえ)になる。全体のための贄(にえ)、それは女であり、少年であり、島そのものでもある。それは今まさに起こっていることだ――組踊の舞台で死者たちの声に依(よ)り憑(つ)かれ、円鹿はそう悟る。
現実の世界では、ヒーローと怪獣の区別は判然としない。外来の救世主は、たやすく抑圧者に豹変(ひょうへん)する。その贄にされつづける不条理を、どうすれば打破できるのか。
壁を切り裂くように線を描くこと、それが行生たちの見出(みいだ)した解放だ。過去の抵抗を何度でも再現し、線を引き直し、この場所を取り戻す。それはこの体が生みだす交感の力だ。放たれる線と言葉と、この島の魂たちとの。
言葉と魂は不可分だ。だからこそ、戦火に曝(さら)された壕(ごう)の奥に向けた赤インコの呼びかけは、支配者の言葉ではなく沖縄語(うちなーぐち)でなくてはならなかった。人々を救う稀人(マレビト)、それは外来の強者ではなく、赤インコのような、暴力的なシステムの中で周辺化された者だったのではないか。それは取り戻された言葉とともに、ぼくらの深奥から現れるのだ。
物語の中で、怪獣は両義的な存在に留(とど)まる。ヒーローの敵、だがそれは異形の犠牲者でもある。それと対峙(たいじ)するぼくら自身が、怪獣もどき(むるち)なのだ。犠牲を強いる何かのためにではなく、ムルチを呪いから解き放つために、ぼくらは怪獣使いになる。武器を手放したぼくらの手にあるのは新しい線を引き、世界を創りかえるスプレー缶だ。
いまほど、死者たちの声が必要なときはない。見事にアップデートされ、圧倒的なグルーヴと愛に満ちた、この物語こそがその声である。
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とよなが・こうへい 2003年、那覇市生まれ。作家。琉球大在学中の24年に「月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い」で群像新人文学賞を受けデビュー。同書で野間文芸新人賞、沖縄書店大賞も受賞した。