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十進法につまずいた娘のための絵本 いわいとしおさん「100かいだてのいえ」

文:加藤千絵、写真:斉藤順子

――タテに開くユニークなしかけで話題になり、2008年の出版から10年で179刷り100万部を突破した絵本『100かいだてのいえ』。作者はメディアアーティストの第一人者として知られる岩井俊雄さんだ。ハイテクを駆使した音と光のアート作品を発表し、「ウゴウゴルーガ」などのテレビ番組からゲームまで幅広く手がけてきた岩井さんが、なぜ「ローテク」の絵本をつくることになったのか。

 今まで「メディアアーティストって何だろう」っていう目で必ず見られてきたので、絵本作家として活動するのは気持ちが楽ですね。メディアアートという、とにかく何もない道を自分でつくっていた時期は、自分のことを語るのも、作品を分かってもらうのもすごく大変だったんです。それに比べて絵本作家は「すてきなご職業ですね」みたいなことも言われるんですよ(笑)。ただ心の中では「それだけじゃないんだけどな」って思っていて、自分がだんだん分裂してくるんですよね。

 でも今年2月にアメリカの大学で講義をする機会があったんですが、そこではみんながメディアアーティストとか絵本作家とかではなく、一人の人間の自然な流れとして僕を評価してくれたんです。日本ではどうしても肩書にとらわれてしまうんですが、そうじゃない場所があることを知ったのは、僕にとってはすごく大きなことでした。

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――メディアアートから絵本への流れは、子どもが生まれたことがきっかけで始まった。

 2000年に長女が生まれたんですけど、成長していく過程で父親として一緒に遊ぼうという時に、僕がそれまでやってきたメディアアートをそのまま渡すのはちょっと、というか大きい違和感があったんですよ。僕が学生の頃はアナログの世の中にコンピューターが初めて登場して、「これは新しい!」と思ってアートに使っていたんですが、今の子どもはデジタルネイティブですよね。親としてはどういう影響があるか心配だし、スマホやタブレットの虜になっている姿があんまりうれしくないわけです。アナログ世代の最後の生き残りとしては「やっぱりアナログでしょ!」って言いたくなっちゃったんですよね。

 それで娘のおもちゃを完全に紙で手作りし始めたら、「意外とアナログおもしろいじゃん」って僕自身が思ったんですよ。もともと小学3年生くらいの時に突然、母親から「もうおもちゃは買いません」って言われて、工作の本と工具を渡されて何でも作ってきた人間なので、昔の自分がやっていたような、手を動かしたり体を使ったりするおもしろさを再発見したというか。それを『いわいさんちへようこそ!』というエッセーにしたら、ご覧になった出版社の方から「絵本を描きませんか」っていうオファーをもらったんです。

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――それまで絵を描いたことも、物語を紡いだこともなかったいわいさん。どうしていいか迷っていた時、ヒントをくれたのはやっぱり娘だった。

 娘が小学校で算数を習い始めた時に、数字を数えることにつまずいていた時期があったんです。いわゆる十進法が分かってないと、数字って永遠に覚えなきゃいけないじゃないですか。それに気づいた時に、ピーンときたんです。見開きページに何かを10個描いて、めくったら10が20に、20が30になれば、数字が繰り返す感じが体に入ってくるような絵本ができるかも、って。

 描くのはリンゴでもミカンでもよかったんですが、そうすると増えていく感じがないので、数えれば数えるほど大きくなるものって何だろう? って考えて思いついたのが建物なんです。そうなると高さを表現するために、本をタテに開くようにしたらおもしろいかな、って思って。それが『100かいだてのいえ』の一番のスタートですよね。

『100かいだてのいえ』(偕成社)より
『100かいだてのいえ』(偕成社)より

――『100かいだてのいえ』は主人公の男の子・トチくんが、100階建ての家に住む動物たちと出会いながら、最上階を目指していくストーリー。文字を読まなくても、100ある部屋と個性的な住民を眺めているだけで、わくわくする。

 とにかくがむしゃらで、初心者だったからこそいろんなことができて、それがうまくいってラッキーな部分が多かったな、と思いますね。文を最小限にしたのも、文字がじゃまをしてうるさい絵本になると思ったからなんですが、そのぶん読者が絵から想像してお話を引き出してくれて、結果的にすごく絵本らしくなったんです。「いわいさんの本を読み聞かせすると、子どもが『リスさんが○○してるよ』みたいなことをいっぱい話してくれるんですよ」ってよく声をかけられるんですけど、僕が動物たちに余計なせりふをつけるよりよっぽどいいじゃないですか。

 絵も自分のスタイルが確立しないまま始めちゃったところがあるんですが、ある人が「あなたの絵は売ろうとしていない」って言ってくれたんです。娘のために描いたような絵本なので、確かに売ろうとしてないんですよね(笑)。そういう意味での純粋さみたいなものが伝わったのかも、っていう感じがしてすごくうれしかったですね。ただ絵本を重ねるたびに必ず誰かに「絵がうまくなりましたね」って言われて、うれしい気持ちと「しまった!」っていう気持ちと両方起こるんですよ。ピュアな絵が描けていた自分のままでいるのはやっぱり難しいのかもしれないですね。

『そらの100かいだてのいえ』の下絵。ストーリーも絵も、何度も試行錯誤しながら練り上げていく
『そらの100かいだてのいえ』の下絵。ストーリーも絵も、何度も試行錯誤しながら練り上げていく

――作品はいま、「ちか」「うみ」「そら」とシチュエーションを変えて、4作続く人気シリーズになっている。

 おもしろいことに、毎回1冊描き終わるともうやめようって思うんです。シリーズってマンネリ化しそうだし、全力投球で最高のものができた、っていう思いもあるし。でも頭が空っぽになると、なぜか次のアイデアが浮かんじゃうんですよ。全部がリセットされて、アイデアが生まれるすき間ができるんですかね。

 最新作の『そらの100かいだてのいえ』も、雲とか風とか雪とか、無生物を描いたら今までの3作とは違う新しいものが描けるんじゃないか、とパッとひらめいたんです。それを何百枚っていう下書きにして、完成版を丁寧でペンで仕上げて、コンピューターで色づけして。僕の場合はそれを紙に印刷して、そこに色鉛筆でタッチをつけるんですよ。コンピューターでもできるんですけど、最後のファインチューニングみたいなところを自分でやりたいっていうのもあるし、やっぱりアナログでタッチをつけた方があったかみが出るな、と思っていて。

子どもと「100かいだてのいえ」を描くワークショップの依頼も多い。「こういう広がりがあるのは絵本ならでは」といわいさん
子どもと「100かいだてのいえ」を描くワークショップの依頼も多い。「こういう広がりがあるのは絵本ならでは」といわいさん

 一度デジタルとかハイテクを経験してしまった我々は、それに負けないようなアナログなもの作りをしようとしている感じがします。世の中を見ても、よりローテクな味わいのあるものをみんなが欲しているようなところがありますよね。時代の揺り戻しみたいなところに来ていると思うんです。そういう中で僕も、メディアアーティストとして培ってきた感覚と絵本のいいところをつなげるような新しいことができないか、考えているところです。