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「文化資本―クリエイティブ・ブリテンの盛衰」書評 五輪へ向かう政策、混乱の果て

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2018年01月14日
文化資本 クリエイティブ・ブリテンの盛衰 著者:ロバート・ヒューイソン 出版社:美学出版 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784902078480
発売⽇: 2017/11/15
サイズ: 21cm/323p

文化資本―クリエイティブ・ブリテンの盛衰 [著]ロバート・ヒューイソン

 初めて読むのに、なぜだか既視感を禁じえなかった。クール・ブリタニア、オリンピック招致、オリンピアード、アーツ・カウンシル、そしてレガシー。そう、本書は、1997年にイギリスでブレア政権が誕生し、「クール・ブリタニア」を標語に躍進した文化の「黄金時代」が、やがて、かたちがなく精彩を欠いた「アメーバ」に例えられるようになり、ロンドン・オリンピックに向けての文化政策をめぐる混乱を通じて「鉛の時代」へと陥落した経緯を詳細に辿(たど)った一冊なのである。
 タイトルの「文化資本」は、もとはフランスの社会学者ブルデューに由来する。文化・芸術への価値評価(たとえば美)は本来、社会的な資本とは無縁なはずだ。ところが、これを美術館や劇場の持続可能性、およびそこに足を運ぶ人の入場者数や階層の広がりに置き換えれば、文化もまた経済活動と密接な関係を持ち、各種の政策を立案することができる政治の対象となる。それは、地道に土を耕すことから派生した「カルチャー」よりも、天地創造に由来する「クリエイティヴ」という語が好まれるようになっていったことにも顕著だ。古色蒼然(こしょくそうぜん)、転じて「クール」(クール・ジャパン?)になったイギリスは、「経済によって文化が牽引(けんいん)されるのではなく、むしろ文化が経済を率いる」くらいのことを夢見ていたのだ。
 現在のオリンピック憲章が根本原則の筆頭で謳(うた)う「スポーツを文化と教育と融合させる」が、これに拍車をかけた。こうして「文化は、経済と政府の社会政策アジェンダに資するものとして位置づけられ」、「公共政策のメインストリームへと押し出された」。その結果、「あらゆる波乱を生んだ」のである。
 その意味で本書は、たいへん有能な反面教師の本でもある。終章にあてられた「ホワッツ・ネクスト?」は、他ならぬ私たちの2020年に向けられている。
    ◇
 Robert Hewison 43年生まれ。英国の文化史家。英ランカスター大ラスキンセンター名誉教授。