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福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『マタギ』 矢口高雄著 ヤマケイ文庫 1728円
  2. 『トム・ストッパード 3 ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』 トム・ストッパード著 小川絵梨子訳 ハヤカワ演劇文庫 1296円
  3. 『ダンケルク』 ジョシュア・レヴィーン著 武藤陽生訳 ハーパーBOOKS 1050円

 (1)『釣りキチ三平』の著者が釣竿(つりざお)を猟銃に持ち替えて描く娯楽大作。山に分け入り自然を読み取り獲物を仕留めるマタギ達(たち)。厳格なルールによって動く彼らこそ「野生」そのもの。殺すことで生を得る自らの存在に後半、主人公は悩む。揺らぐ確信。けれどそんなのどこ吹く風とばかりに文字通り全編を吹き抜ける、風の描写。これ著者の持ち味。
 (2)『ハムレット』の脇役2人を主人公に据えた演劇界の重鎮の出世作。50年前の戯曲とは思えぬ瑞々(みずみず)しさ。すこぶる笑える。考えさせる。「生きるべきか死ぬべきか」なんて演技よりも物語の袋小路から抜け出せぬ、死すべき運命のこの2人こそ「人間」そのもの。気鋭の演出家による翻訳。
 (3)C・ノーラン最新作「ダンケルク」で一躍有名になった史実を描くノンフィクション。第2次大戦初期、猛追する独軍から逃れた英仏両軍の壮大な「撤退劇」。著者曰(いわ)く、これ全世界の縮図そのもの。人間の非道さ、逞(たくま)しさ、運の良さが出し惜しみなく展開。現代の参考書。映画のメイキングの側面も。=朝日新聞2017年11月12日掲載