- 『離陸』 絲山秋子著 文春文庫 983円
- 『ふたつのしるし』 宮下奈都著 幻冬舎文庫 540円
- 『バン・マリーへの手紙』 堀江敏幸著 中公文庫 799円
(1)は、主人公のもとに突如現れた黒人から、昔の恋人の行方を尋ねられる、というミステリー仕立てで始まる長編。元恋人で元女優の彼女は、一人息子をフランス在住の黒人に預けたまま失踪していた。十五年間をかけてその謎を追う物語は、東日本大震災のことも組み込まれている。様々な形の喪失が複雑に絡み合う予想外の展開の中で生死の際から浮かぶのは、時を超えた深い祈りである。
(2)も、二十年以上の歳月を描いた長編で、東日本大震災が大きく関わる。震災が文学的にも大きな転機となっていることを実感する。生き辛(づら)さをもたらす特徴がその人だけのかえがえのない「しるし」となり、輝く。今こそ必要な静かな希望が、胸に消え残る。
(3)の「バン・マリー」とは、フランス語で湯煎のこと。「マリアの力を借りた湯煎に相当する中間地帯」のような思索を綴(つづ)っている。火事、煉瓦(れんが)、運河、キリン等、ある言葉を鍵として出来事や書物の記憶が重なりあい、あたたかで知的な、言語の「湯煎」を存分に味わえる。=朝日新聞2017年04月23日掲載