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からすみで海を味わう 貴志祐介

 子供の頃と大人とでは味覚が大きく変わることがある。特に、酒を飲むようになると、嗜好(しこう)は激変する。蟻のようにひたすら甘味を求めていた舌が、塩辛いものに惹(ひ)かれるようになり、それまで嫌いだった類の酸味やえぐ味(み)も美味に感じるようになるのだ。
 亡くなった父はよく家で晩酌をしていたが、珍味系のつまみを好んでいた。からすみや鮒寿司(ふなずし)、このわたなどは、見ているだけで生唾(なまつば)が出るくらいうまそうに食べるので、一切れ食べたいと私はよくせがんだものである。そして、ほとんどの場合、予想もしていなかった激マズぶりに、うぇっとなった。
 初めてからすみを食べたときもそうだったのを覚えている。薄く切ったものを表面だけ炙(あぶ)ってあるのだが、美味を予感させるねっとりとした歯触りに続いて、ほどよい塩加減と魚卵らしい濃厚な味わいまではよかったのだが、その後で、とんでもない後味が待っていた。
 その瞬間、当時小学生だった私は、半年ほど前の記憶がフラッシュバックしていた。
 小学校の行事だったのかカブスカウトだったのか、白浜かどこかの臨海学級で遠泳をやらされたときのことだ。水泳の能力はまったく度外視されて、ボートに付き添われて平泳ぎもどきで一・五キロを泳ぎ切らなくてはならなかったが、プールとは全然違う海水の浮力のおかげで、それほど努力せずに浮いていられたため、何とかゴールすることができた。
 問題はその海水の味である。口に入るたびに吐き出すのだが、舌の上に何とも言えない塩辛さと苦みが残るのだ。豆腐の苦汁(にがり)を思わせる塩化ナトリウム以外の金属っぽいミネラルの味であり、文字通り、苦汁(くじゅう)をなめたという記憶が鮮明だった。
 からすみの後味は、そのときの命の危険すら覚えた記憶を呼び覚ました。こんなもの二度と食べたくないと強く思ったのを覚えている。
 それから時を経た今は、からすみほど美味(うま)いものはないと思っている。長崎産が最高だが、台湾産も甲乙付けがたい。
 調理は必要ない。表面を炙るのも、蛇足である。やや薄めにスライスして、そのまま食べる。塩分が多いのは酒の肴(さかな)にぴったりで、合わせるのはやはり日本酒がいいが、焼酎でもいい。
 一口囓(かじ)ってすぐ酒を含むと、独特の濃厚な味わいが拡(ひろ)がり、陶然となる。口中を満たしているのはまぎれもない海の味なのだ。太古の昔、人類の遠い祖先が生を享(う)けたのは海中でだった。そんな郷愁すら呼び覚まされるのは、DNAに刻み込まれた遙(はる)かな記憶によるものか、それとも、ただの酔っ払いの妄想だろうか。=朝日新聞2018年04月14日掲載