子供の頃はピーマンが食べられなかった。ピーマンという響きすらなんだかふざけているようで嫌だった。「ピーマンが嫌い」と言えば子供扱いされるのにも反感を抱き、よりいっそう「嫌い」と言うように努めた。ピーマンが好きという人と出会えば、論争を持ちかけ、必ず倒そうとした。頑(かたく)なだった。ピーマンは不味(まず)いものだと決めていた。が、今は好きだ。
「決める」ことは「知る」ことであり、「知る」ことはつまり「決める」ことであると思う。確かに、知ることは大事でいくつもの可能性を可能性のままにして、一つに決めずに暮らすのは効率的ではない。決めねば一歩も進めないこともある。自分は人間であると決めねば一々(いちいち)、自分は人間だろうか? などと悩まねばならなくなる。
自分が知ったこと、決めたことを否定するのは難しいし、意見を180度変えるとき、これまでの自分を否定するようで心苦しい。しかし嫌いな人やものがあって不便だなと感じたら、本当に嫌いなのかどうか疑ってみるといいかも知れない。レイシズムが幼稚に見えるのは、ピーマンを嫌う態度が幼稚に見えるのと同じことかも知れない。なぜそれが嫌いなのか? 実はただそれに関する情報が不足しているだけなことが多い気がする。1回食べただけでは判(わか)らない。10回食べても判らなかったら、100回食べてみるとよい。一人と会っただけで、その国の人物全てを嫌いになるなんて途方もなく馬鹿げている。ましてやその国の人物としっかり話したこともないで、二次的、三次的な情報だけで嫌いになるなんてもったいないし、つまらない。
会ってとことん話しても結局他人の考えていることなど判らないのだ。つまり結局人は、判らないものを嫌いになったり好きになったりするわけだから、どうせだったら好きで居るほうが幸せだと僕は思うけど。嫌いな食べ物を好きになる過程は素敵な経験だし、自分の可能性が広がるように感じるし、嫌いになった時よりも、その食べ物の事を理解したという感覚を強く抱けると思う。
嫌いな何かのことを考えたり、接したりしている時間は苦痛だ。接触を避けようと努力するだろう。逆にその労力を嫌いなものと積極的に接触して好きになる力に割り振ってみるのはどうだろう。自分由来の頑なさや決め付けを排除して接すれば案外容易に好きになれると、僕は経験から学んでいる。
「決まったこと」つまり真実は変えられないが、「決めたこと」つまり真実であると仮定したものは変えられる。そして大抵の真実は、仮定に過ぎない。僕たちが誰かを嫌っていたり、憎んでいたりする根拠は、仮定された真実に過ぎない。変えられる。=朝日新聞2018年01月27日掲載
編集部一押し!
- とりあえず、茶を。 知らない人 千早茜 千早茜
-
- えほん新定番 柳田邦男さん翻訳の絵本「ヤクーバとライオン」 真の勇気とは? 困難な問題でも自分で考え抜くことが大事 坂田未希子
-
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 自力優勝が消えても、私は星を追い続ける。アウレーリウス「自省録」のように 中江有里の「開け!野球の扉」 #17 中江有里
- BLことはじめ 「三ツ矢先生の計画的な餌付け。」 原作とドラマを萌え語り! 美味しい料理が心をつなぐ年の差BL 井上將利
- 谷原書店 【谷原店長のオススメ】梶よう子「広重ぶるう」 職人として絵に向かうひたむきさを思う 谷原章介
- 新作舞台、もっと楽しむ 瀬戸康史さん舞台「A Number―数」インタビュー クローン含む1人3役「根本は普遍的なテーマ」 五月女菜穂
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社
- インタビュー 物語の主人公になりにくい仕事こそ描きたい 寺地はるなさん「こまどりたちが歌うなら」インタビュー PR by 集英社
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社