三十九歳で胃がんの手術を受けた後、日に日に体力がついてきた。北海道での秋の五十キロ競馬に出場するため、とにかく馬に乗った。馬と私自身を鍛えるためだった。そして、釣りに熱中した。まわりには、たくさん川があった。大釣りし、重いびくをぶら下げ、やぶをこいで帰路につく時、私は釣りに酔い、少年のような目をしていた。
抗がん剤の服用などは端(はな)から考えていなかった。医者にすすめられても、断っていただろう。病気に勝つには自分の体力が必要である。そして、何かに熱中して生きること。
もう一つ、心がけたのは、海の外へ出ることだった。体慣らしにはちょうどよかった。まず、韓国、台湾、中国などなど、近場の国に出かけた。
韓国の料理のおいしさに仰天した。台湾や中国は、少年時代に過ごした満州の味につながっていた。
インドのニューデリーへ行った。ヒルトンホテルで超特大のナンを出されて苦笑した。長さは、三メートルほどあった。
ゾウの取材で、スリランカへ行った。動物の取材は、長期間、田舎に滞在することが多く、南のメシ、あの細長いインディカ米にふれることになった。
日本の白米のような粘っこさはない。どちらかと言えば、パサパサとした炊き上がりである。早速、米屋へ行って、説明を聞いた。
「この国は雨が多いので、二期作、三期作は普通に出来ます。中には四期作というのもあって、これは質がちょっと落ち、値もお安くなっています」
と、店員が話してくれた。
日本からの駐在員に会ったら、
「この前、久しぶりに日本へ帰ったんですよ。で、長男を連れて、あ、五歳になってますが、実家へ帰りました。そうれ、おいしい日本の米だぞとすすめたら、一口食べて、変な顔をしてるんです。そして、オニオン・サンボールは? と言いました」
スリランカでは、白いご飯の上に、オニオン・サンボールかココナツ・サンボールをかける。この習慣は、後に南インドを旅してタミール族の習慣が伝わったものだと知った。オニオン・サンボールはタマネギをほぐし、チリとあえたものである。
駐在員はこうも言った。
「子供は、そのオニオンも違うと言うのです。スリランカのものは小ぶりで、さらしたりせず、そのまま食べるでしょう。ついに食べるものがないと、泣きだす始末でした」
食べものは、育ち方、それが出来る所で、深く精神に根づくものなのである。私の原点は、祖母がくれた釜の底にあった残りメシ。そのことを忘れてはならないと肝に銘じた。=朝日新聞2017年07月29日掲載
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