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福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『怠惰の美徳』 梅崎春生著 荻原魚雷編 中公文庫 972円
  2. 『額の星/無数の太陽』 レーモン・ルーセル著 國分俊宏、新島進訳 平凡社ライブラリー 1728円
  3. 『危口統之 一〇〇〇』 危口統之著 一〇〇〇文庫 3996円

 編者、訳者、出版者達の、著者への愛が溢(あふ)れた3冊。(1)百年以上前に生まれた人。戦争体験をベースにした名作で文学史に刻まれている、硬派な文学者。その通りだが、それは著者の半面。ほんとはこの男、こんなに普通の人間だった。寝るのが大好きで、職場でも軍隊でも怠けるのを忘れず、人に媚(こ)びず、動物に媚びず、時に自分の視点すら疑う。全頁(ページ)に漂うユーモア。著者の声がそのまま真空パックされたかのような随筆群。猫と蟻(アリ)と犬が悲惨な目にあう恐るべき傑作「猫と蟻と犬」、丹尾鷹一名義で書かれた最初期の短編なども読める。これだけで著者の全てがわかっちゃう「怠惰な」1冊。(2)著者は一体何者か。小説家、劇作家。大富豪、チェスプレーヤー、薬物中毒者、旅人……、一人何役もこなし、20世紀芸術に多大な影響を与えた。横道にそれまくる芝居、物語がちゃんと進むことがかえって恐怖な芝居、好対照の戯曲2編を収録。初演当時、観客席はヤジや、ヤジへのヤジで、舞台上より大盛り上がりだったとか。それもわかるなあ。これら2編、生身の役者以上に、言葉の方に生命力を感じさせるから。著者は人間をカッカさせる言葉を生み出す、宇宙のような存在だった。読者を「前よりももっと恐ろしい気持ち」にさせるべく、彼の書いた言葉は今なお生き生きと跳びはねる。(3)著者は演出家だが、作品は既存の舞台からはみ出る、独特な表現だった。劇場、美術館など、場所にこだわらなかった。観客も役者も、彼の手にかかればその「役割」から自由になって、はみ出した。早すぎる晩年、実際の父親を役者として起用したのも彼の「はみ出た」発想がそうさせたのだろう。本書は彼が遺(のこ)した膨大なアイデアノート。単なるノートの範疇(はんちゅう)からはみ出し、もはや文学。しかも、普通の文学からもはみ出て、読者の脳みそに直接突き刺さる。闘病記も収録するが、不思議なことに楽しく読める。著者は読者のすぐ近くにいる、そんな書き方によって、闘病記の形を取りながらそこから、見事にはみ出してみせたのだ。(小説家)=朝日新聞2018年4月21日掲載