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「みんな彗星を見ていた―私的キリシタン探訪記」書評 「信じる」とは、殉教者の心に迫る

評者: 三浦しをん / 朝⽇新聞掲載:2015年11月08日
みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記 著者:星野 博美 出版社:文藝春秋 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784163903460
発売⽇: 2015/10/06
サイズ: 20cm/462p

みんな彗星を見ていた―私的キリシタン探訪記 [著]星野博美

 約四百年前、日本では南蛮文化が花開いた。しかし、江戸初期にかけてキリスト教の禁教令が徹底していき、外国人修道士や日本人信徒が弾圧され、拷問を受け、大勢殺された。本書は「東と西が出会った時、その現場に居合わせた人はどのような葛藤を感じたのか。異文化はどう受容され、拒絶されたのか」をめぐるノンフィクションだ。
 とはいえ、四百年前の出来事にどう迫るのか、と思ったのだが、著者のアプローチはまことに真摯(しんし)かつ愉快だ。ローマから帰国した天正遣欧使節(伊東マンショら)が、秀吉のまえで演奏したというリュートを、自分でも習ってみる。むろん、彼らの気持ちに近づくためだ。こんなにキリシタンのことが気になるのは、先祖にキリシタンがいたからではないか、と(根拠なく)思いこみ、島原の乱で有名な原城跡をはじめ、長崎のあちこちを旅してまわる。文献を丹念に調べ、熱心に現地へ赴く著者の姿を通し、四百年前に生きた人々の喜びと悲しみが、だんだんとリアルに浮き彫りになっていく。
 そして著者はついに、処刑された修道士たちの故郷(スペイン)を訪れる。本書の終盤では、そこで出会った人々との交流が描かれ、遠い昔に日本で殉教した修道士の人柄が解き明かされる。時空と距離を超えて、四百年前の人々と現代に生きる人々の心が結びつく瞬間が、著者の情熱によって到来するのだ。私は強く胸打たれ、もうもう涙で文字が曇って、しゃくりあげながらページをめくるありさまだった。
 現在も世界中で、宗教に起因する争いがつづいている。かつての日本にも、信仰ゆえに殺されていった人々がたくさんいた。町はもうすぐ、クリスマスムードに覆われるだろう。キリシタンを弾圧したことなどなかったみたいに。
 「信じる」とはなんなのか、もう一度深く考えるために、ぜひ本書をおすすめしたい。
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 文芸春秋・2106円/ほしの・ひろみ 66年生まれ。『転がる香港に苔(こけ)は生えない』で大宅壮一ノンフィクション賞。