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加藤典洋「人類が永遠に続くのではないとしたら」書評 欲望と有限性が折り合う思想

評者: 杉田敦 / 朝⽇新聞掲載:2014年08月31日
人類が永遠に続くのではないとしたら 著者:加藤 典洋 出版社:新潮社 ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション

ISBN: 9784103312123
発売⽇: 2014/06/27
サイズ: 20cm/418p

人類が永遠に続くのではないとしたら [著]加藤典洋

 私たちはいま、人類そのものの「有限性」を真剣に受けとめるべき時期にさしかかっているのではないか。『敗戦後論』などで、日米の非対称的な関係を分析してきた著者が、この論点を意識するようになったきっかけは、福島の原発事故であったという。科学技術は後戻りすべきでないと反原発運動を批判した哲学者・吉本隆明に寄り添っていた著者は、社会学者・見田宗介らの知見を再解釈しつつ、新たな思考へとふみ出す。
 地球環境が外部から経済成長を制約することは、ローマ・クラブの「成長の限界」報告やエコロジー論などにより、すでに指摘されていた。しかし、それだけではなく、技術発展の結果として、産業事故に伴うリスクが大きくなり過ぎ、まさに原発に代表されるように、民間保険がリスクを引き受けられなくなったことを著者は問題にする。それは、経済活動をいわば内部から限界づける要因である。
 したがって、従来の科学技術文明は維持できないが、その一方で、エコロジー論などが、人間の欲望を否定してきたこともまた問題であると著者はいう。「人はパンだけで生きる」ものではないが、パンも大切だからである。ミシェル・フーコー、ハンナ・アーレントらの現代思想との関連でいえば、人は言葉を用いる理性的な生活としての「ビオス」だけを生きるものではなく、動植物と同じく生命種としての側面(「ゾーエー」)も重要である。
 こうした考察の上に著者は、人間のもつ欲望と「有限性」とを何とか折り合わせるための、小資源・小廃棄を基本とする技術の出現や、人間の可能性の限界をふまえた新たな思想の誕生にかすかな希望をつなぐ。
 誰もがその存在に半ば気づいていながら、そのままにしている問題を正面からとらえ、手探りで取り組もうとする著者の姿勢が強い印象を残す一冊である。
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 新潮社・2484円/かとう・のりひろ 48年生まれ。文芸評論家。『アメリカの影』『3・11死に神に突き飛ばされる』