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【特別版】小川哲さん「応募作は書いている途中にうまくなる。書き直しこそ新人賞の近道」小説家になりたい人が、小説を選ぶ人に聞いてみた。

小川哲さん=撮影・武藤奈緒美

 選考の基準は「何を書くか」「どう書くか」

 山本周五郎賞と文藝賞の選考委員である小川さんが小説について考察した『言語化するための小説思考』。新人賞受賞のヒントを得られるのではと飛びつきました。「あらゆる文章表現に共通しているのが、その文章に価値があるかどうかを決めるのが『他者』という点」というまえがきの言葉ですでに唸らされたのですが、その公式「他者」とも言える小川さんは、なにを基準に受賞作を決めているのですか。

「僕の場合は、何を書くか、どう書くか。表現しようとしていることが、どれぐらいの価値があるか、それにふさわしいやり方でできているかを総合的に見て判断します。選考委員によっては、どう書くかの部分を重視する人もいれば、何を書くかの部分を重視する人もいる。そのどちらでもなく、共感や描写の妙を重視する人もいる。だからこそ選考会は複数人による合議制なんです」

 でも、ユニークさが際立つ小説もあれば、切実さが際立つ小説もあるわけじゃないですか。違うものをどうやって比べているのでしょう。

「それでも何を書くか、どう書くかのどちらかに差があることがほとんどです。もし本当に質と価値が競った場合はどちらも推すと思います。2作受賞が可能な賞であれば、ですが」

 作品は破綻しているけれど作者の伸びしろを感じるから選ぶ、ということはありますか?

「僕が知る限り、伸びしろが議論になったことはないですね。その人がこの応募作品にすべてを出していることこそが伸びしろだと思うので。破綻は基本的にマイナスです。でも破綻を上回る魅力があったり、その破綻が今後の編集者とのやりとりで解消できそうであれば、議論にはなる。そのうえで、こっちが破綻だと読み違えている可能性も常に議題に上がります。選考委員ってびっくりするぐらい真摯にやっているんですよ」

「これは小説指南本ではなく、自分が小説を生み出すときに何が起こっているのかというのを言語化しようと試みた本です」=写真・武藤奈緒美

新人賞選考=知らない人とのサシ飲み

 小川さんは純文学とエンタメ、どちらの賞も選考していますが、ジャンルによって基準は変わりますか。

「選考基準は変わらないのですが、純文の賞の場合は、この本を求める人がどれぐらいいるのか、という点は議論に上がりません。一方、エンタメの賞はやっぱり、どれだけテーマが素晴らしくて、上手に書けていたとしても、これを面白く読んでくれるひとが商業出版として成立するだけの数がいるかどうかは選考要素に入ってくると思います」

 では、新人賞とデビュー後の作家の小説を審査する賞とでは?

「やはり基準は変わりませんが、こちらの読み方が変わります。既存の作家の作品を読む場合は、読む前からその人がどういう作風の人かという情報が頭にあるので、それを完全に無視して作品を読むということはできない。対して新人賞の作品は、どんな人がなんのために書いたかわからない小説をいきなり読んで判断しなければいけない。ほかの賞のことはわかりませんが、文藝賞ではプロフィールも全くわからない状態で読むんです。知らない人といきなりサシで飲む、みたいな緊張感がありますね」

 本書の5章「君はどこから来たのか、君は何者か、君はどこへ行くのか」で、新人賞の選考について書かれていますが、新人賞に応募する作品は「この作品がどこへ向かっていて、読者に何を与えるのかを、可能な限り作品の序盤で明らかにした方が、読者のストレスが少なくて済む」とありました。ネタバレはご法度だと思っていたのですが……。

「僕の経験からすると、新刊宣伝でネタバレを恐れて中身に触れないと、誰も読んでくれない」

 たしかに(笑)。

「新人賞もそれは同じで、下読み委員の協力のもと編集者が最終候補を選ぶので、これはどういう作品か最初に書いてある作品が選ばれやすいと思います。とはいえ、わかりやすく親切に説明しろということではないですよ。あ、この人はこういう小説でいくんだな、とバーンと序盤に提示したほうがいい、ということです」

「小説を読むとき、僕たちは書かれたテキストだけではなくて、作品の背景、つまり作者の気持ちやプロフィールを想像しながら楽しむ。その面白さがAI小説にはないので、人間が書いた小説がAI小説に淘汰されることはないと思います」=写真・武藤奈緒美

書き終えたら書き直せ

 ずばり、新人賞を獲るためのアドバイスをください。

「人のアドバイスを聞かないことじゃないですか。こうすると獲れますとか、こうすると小説が上手になります、とか言う人を信用しないこと。小説の指南本を読んだら書けるようになりました、っていう人に会ったことないです。この本すら信用しなくていい」

 この本すら⁉

「というのも、小説家になれるかどうかって、その人だけの視点を持てるかどうかだと思うんです。それって人が教えられるものじゃない。もちろん、あまりに文章表現が拙いとダメなので、技術を磨くことも大事ですが、それはあくまで土台だと思います。
新人賞でよくあるのが、序盤はつまらないのに途中からめっちゃ面白くなること。それってつまり、書いている途中にうまくなっているんですよ。だから途中でなにか掴んだ人はいちから書き直したほうがいいです。そうすれば大事な序盤もレベルアップできるので」

 うわあ~、それ、もっと早く知りたかった!(取材2日前に某賞に応募)
 エンタメと純文学、自分はどっちを書けばいいんだろうと悩んでいる小説家志望も多いのですが、小川さんはどのようにして今のハイブリッド型になったのですか。

「僕は職業作家になりたかったんです。毎日電車通勤したり、上司やら後輩やらに囲まれながら仕事するのはイヤだった。小説だけで食うならエンタメ作家なので、まずはエンタメの賞に応募しました。第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を獲ってデビューしたのですが、じつはこのコンテストの前身であるハヤカワ・SFコンテストが92年で終了し、その後20年間、休止していたんですよ。つまりSFの新人作家がだれもいない状態だった。だから2012年に始まったハヤカワSFコンテストは、第1回も第2回も大賞受賞者だけでなく最終候補者もほとんど本になっているんです。ここならデビューのチャンスが多いと思って狙いました」

 そしてみごと大賞を射止めたわけですね。

「迷った人はどっちも応募するのがいいんじゃないですか。佐藤究さんみたいに純文でデビューした後、エンタメでヒットする例もあるし、どっちを書いても書いたことは必ず力になるはず。あっ、でも……」

 なんですか⁉

「エンタメの賞に純文っぽい人が応募してくると、この人次は強いかもなって思うんですけど、その逆はちょっと難しいかも。『これ純文じゃねえよ』ってジャッジが厳しい方もいて……僕ではないですよ」

「エンタメと純文では、自分に許容する〈小説法〉を変えています。たとえば、ご都合主義は純文では厳禁だけどエンタメではアリ。起承転結はエンタメでは順守するけど純文ではオチをつけなくてもよい、など」=写真・武藤奈緒美

自分を消しても作風は消えない

 職業作家であり続けるためにしていることってありますか。

「食っていくには自分の本がある程度の人数に読まれないといけないので、自分が書こうとしていることが独りよがりじゃないかどうかは常に考えています。といっても読者におもねるということではなく。そういう〈おもねり〉って結局見透かされて見放されるので。読者をなめてはいけない」

 この本では、小説の価値を決めるのは他者だから、徹底的に自分を排除することが大切だと語られています。「自分のために存在している文章をすべて削除」、「創作上の明確な理由がない限り、登場人物の性別は思いついた性別ではないものにする」など。

「改稿するときに、なんとなくこの言葉がかっこいいからとか、美しく書けたからっていう理由だけで書いている文章があったら消します」

 グサッ。私、自分の文章にうっとりしちゃって消せないんです。消したら小説の勢いや熱を削いでしまうのでは、というのも気になって。

「その自分の出し方によって、ちゃんと小説として面白くなってるんだったらいいと思いますよ。単純に自己顕示欲になってたらまあ、ダメですよね」

 ダメですよね……。そうやって自分を排除した結果、作家性や作風、その人にしか書けないものはどうなるんですか。

「絶対それは残るんで大丈夫です。そんな生易しいもので消せないものが本当の作風だと思うので」

感想より読者層を見ろ

 9章「アイデアの見つけ方」で、小説の価値を決める他者を分析するには「小説を発表することが近道」と書いてあったのですが、新人賞応募原稿は事前に発表できません。どうすればいいですか。

「合評会したり、落選した原稿をWebで公開したり。そこで見るべきは、どういう人が面白がってくれるかです。感想ではなく読者層。純文好きな人は感想くれないのに、ラノベ好きな人が面白いって言ってくれるなら、ひょっとしてラノベの賞に応募したほうがいいのかもしれない。これは実際本を出したときに僕がしていることです。どういう経緯でその人が僕の本を手に取ったのか、他にどういう作家さんが好きか、読者層の研究は勉強になりますよ」

 それを踏まえて次作のトーンを調整することもあるのでしょうか。

「それはありませんが、頭の中に読者のイメージが蓄積されているので、表現の仕方で迷ったときや、どこまで説明するかなどの物差しになります」

 7章「『伏線』は存在しない」、8章「なぜ僕の友人は小説が書けないのか」を読んでいて、小説は後付けで書いていくものなんだと感じました。書いてしまったことから、メッセージや伏線、アイデアを見つけていく。でも、その無意識の「書いてしまう」を意識的にやるにはどうしたらいいんでしょうか。

「小説を進めるために設定として書いておかなきゃいけないことがあるじゃないですか、たとえばA地点からB地点へタクシーに乗らなければいけない、とか。そのときに、そのタクシーの運転手がおしゃべりだったら、とか、地元の人だったら、とか広げていくと、全然違う景色が見えてくる。すると、自分の考えつく範囲外まで書けるんです」

 面白いですね。日常でも面白いことが起こったらメモするんですか。

「友だちや妻に話すことが草稿代わりです。リアクションももらえるから、この話の持っていき方だと面白くないんだな、というのもわかるんですよ」

「読者が登場人物や語り手を身内のように肩入れしたり、共感するようになると、その作品が読者と作者で作り上げる小宇宙のようになり、豊かに、魅力的になっていく。これを本では〈読者と内輪を形成する〉と書いたのですが、僕はこれが苦手。もっと成長したい部分です」=写真・武藤奈緒美

小説家になってみたら最高だった

 小説家になりたい人へアドバイスをお願いします。

「先日、第16回創元SF短編賞の授賞式に行ったら、受賞した高谷再(たかや・さい)さんが第2回から15年間応募し続けた人だったんですよ。そういうこともあるので、粘り強く挑戦し続けてほしい。僕は最初の応募作でデビューしたからわかるんですけど、そうすると今までの蓄積がないからデビュー後に苦労するんです。たくさん落選した人は、その期間中に考えたことがデビュー後に必ず役立つので、無駄じゃないと思ってほしい。もう一つは、焦って目の前の作品をないがしろにしないこと」

 耳が超痛いです。宝くじは買わないと当たらない、と思って手当たり次第に応募しがち。

「完成度の低いものを送るのは遠回り。その時点の自分の最高傑作を応募してください。それを更新するうちに、いつか賞に手が届くはずです」

 小説家になってよかったと思いますか。

「明らかにいちばん楽しい道を選んだと思っています。会社行かなくていいし、嫌いな人に会わなくていいし、本読んだり、小説書いてるだけで生活できるんで、最高ですよ」

【次回予告】第1回永井荷風新人賞を春野礼奈さんと同時受賞した、湯谷良平さんが登場予定。