結婚しない女性が変える文化
――『女ふたり、暮らしています。』は米ニューヨーク・タイムズでも家族を再定義する姿として取り上げられて注目されました。『増補新版』は48ページを追加して出版されましたね。もう一人の著者、ファン・ソヌさんと暮らして何年になりますか?
キム・ハナ(以下「ハナ」) もう9年近くになります。2019年に韓国で『女ふたり、暮らしています。』を出版した後、ブックトークに行くと多くの読者から「幸せになってください」と声をかけられました。まるで新婚夫婦へ贈る言葉のようで不思議に思っていたのですが、数年経つと、読者レビューに「この人たちが今も仲良く暮らしているようでよかった」と言った投稿が見られるようになりました。そんなふうに思ってくれているのだなと。
でもけんかを繰り返していた(編集注:作家の王谷晶さんが帯に書いているように、2人は何かと衝突しがちな「掃除魔と散らかし魔」でした)同居当初より、私たちはむしろ今の方がずっと仲が良いです。私の父の死や飼い猫の突然の死、新型コロナなどたくさんのことを一緒に乗り越えてきました。そうした近況をいつかみなさんに伝えられたら良いなと思っていましたが、今回こうして日本にも届けられることになって本当にうれしいです。日本のみなさん、私たちは今も仲良く楽しく暮らしています。
――以前のインタビューでこの同居生活を家族も喜んでくれていると話していましたよね。オクソンさんは娘のハナさんたちの本についてどのように考えていますか?
イ・オクソン(以下「オクソン」) 一人暮らしの人々がこの先どうすれば良いのだろうと戸惑っていた時に、ちょうどこの本が出ました。「私は友達と2人で住んでいるから、あなたたちもどう?」と強調するのではなく、こういう形もあるという選択肢を示す中で、私だけじゃない、こうやって生きていってもいいんだという安心できる雰囲気が生まれたと思います。
世界はもうあまりにも長い間、結婚を中心にした男性優位の文化でした。でもそれが今、結婚をしない女性たちが増えたことで変わろうとしています。革命は静止する中で起こることはありません。もし誰か後ろ指で指す人がいたとしても、賛同する人が現れて、手を取り合って進む流れが起これば、新しい文化が形成されるのではないでしょうか。
70代の今が「黄金時代」
――オクソンさんはそのエッジの効いた言葉をちりばめて書かれたエッセイ『老後ひとり、暮らしています。』が韓国で多くの支持を得ました。「海外旅行なんて全然好きじゃない」「孫が来るとうれしいが大変」といった本音トークにハッとさせられましたし、ひとりで気楽な70代の現在を「黄金時代(ゴールデンエイジ)」と言う姿が頼もしかったです。
オクソン 年を重ねることが必ずしも憂鬱なことだとは限りません。その時その時に喜びを見つけることもできるし、どの年代にもそれぞれ楽しいことがあります。そんなことを伝えたいと思いました。
ハナ 韓国ではこれまで70代の女性がエッセイを出すとなると、ものすごく苦労を重ねた女性の「小説にしても足りないような人生の物語」といった感じのものが多かったんです。ですが母のエッセイはそうではなく、都市に住んで若々しい感覚でいろんなことを楽しんでいる。「高齢でもこんなふうに洗練されて、軽やかに楽しく生きる道があるんだ」と思わせてくれるところが独特だと言えるのではないでしょうか。
オクソン でもね、私が年を重ねているからこそあんなふうに書けたのよ。もっと若かったらあんな大胆なことは書けなかった。この年なら文句を言う人もほとんどいないから。
ハナ 若い男性はおばあさんには反論しづらいし、若い女性は「おばあさんが代わりに言ってくれてスカっとする!」という感じがあるんですよね。
過度に期待せず、会えば楽しく
――2人のような親子関係がとてもうらやましいです。どうすればそんな関係になれるでしょうか。ハナさんはどんな子どもでしたか?
オクソン ハナは幼いころは非常に内向的な性格で、外で友達とたくさん遊ぶようなタイプではありませんでした。友達とうまくおしゃべりができないものだから、帰ってくると学校で起きた出来事すべてを私にいろいろ話したんですね。そのため、私と娘はとても仲が良かったです。
ただ同居していると親はあらゆることに口うるさくなってしまいますよね。でもハナは大学進学で釜山を離れてソウルで暮らすようになり、物理的な距離があった。それでお互いに干渉しすぎない関係を作ることができたと思います。成人した娘には干渉しようとしないこと。煙たがられるだけですから。
ハナ それぞれが自分の人生をきちんと築いて楽しく維持してきた結果、良い関係でいられるようになったと思います。もう10年前のことですが、母がお皿を洗いながら鼻歌を歌っているのを見て、なぜあんなに機嫌が良いのだろうと思ったことがありました。母は当時60代でしたが「今が人生で最高に良い時期だ」と言っていました。
時間を自分の思い通りに使えて、読みたい本を存分に読めて、宿題もない今が一番いいと。その最高に良い時期をそれから10年後の今も維持していることになります。母が楽しんでいるから私も楽しくなり、私がもっとよくしてあげなくてはというプレッシャーも感じなくなりました。だから私たちはお互い大人として相手に過度な期待をせず、会えば一緒に気分よく楽しく過ごすだけ。それが関係を良好にしている理由だと思います。
大人になっても本を読む人に育てるには
――育児でも母親がご機嫌でいることが大事と言われるのですが、大人になっても同じなのだなと感じました。ハナさん、幼いころにお母さんとたくさんのおしゃべりをした記憶は今でもありますか?
ハナ もちろんです。今考えると私は30年数前からすでに、2人だけの書籍ポッドキャストをやっていたような気がします。小学生のころ、母はアガサ・クリスティやコナン・ドイルの推理小説をたくさん買ってくれたのですが、それを私が一番先に読み、その後に母が読みました。家に帰るとテーブルの上に母が読んでいた推理小説がひっくり返って置いてあるんです。私はそばに行って「お母さん、誰が犯人だと思う? 」と尋ねる。「手がかりは?」「でもあの人にはアリバイがあるよね」といった話を2人で頭を突き合わせて推理していました。私にとって本について誰かと一緒に話をした最初の記憶で、もっとも素敵な記憶です。
オクソン ハナの兄を、本をよく読む人に育てたくて、たくさん買い与えていましたが、なかなか読まなかったんですね。私はもともと本を読む能力は人によって差があると思っています。よく読める人とそうでない人がいる。でも推理小説なら息子が読むかと思ったのですが……。
ハナ 私の方がのめり込んじゃったよね(笑)
オクソン 私の1冊目の本『ビクトリー・ノート』(2022年、未邦訳)にもありますが、本は子どもが本当に興味を持つものを与えて、その本について2人で楽しく話す時間を作るべきなんです。親はつい欲が出てしまいますが、自分が読んでほしい本ではなく、マンガでも良いので読書の習慣を身につけさせる。読んでいる時に幸福感を感じることができれば、大人になって忙しい中でも、自分の幸せな時間を見つけるために本を読む人になります。そうしたことが大切だと思います。
――ハナさんには以前のインタビューで、好きな日本の作品についてうかがったことがあります。オクソンさんの読書歴はいかがでしょうか?
オクソン 親世代が日本の植民地支配を経験している私たちの時代で、知識人といえば日本について多くのことを知っている人々でした。読書にも多大な影響を受けたと思います。夏目漱石や森鷗外、谷崎潤一郎も読みましたし、三浦綾子の『氷点』は周囲で読んだことがない人はいないくらいでした。最近では東野圭吾や奥田英朗も好きですし、村上春樹は同世代ということもあって私たちの世代にとっては大きな影響を与えた一人です。『ノルウェイの森』もそうですし、私のエッセイでも『風の歌を聴け』について言及しています。
ハナ 今ふり返ってみると、本はいつも母と私をつなぎ、会話を生み出すきっかけとなっていました。同じように日本と韓国の間にいるさまざまな人をつなぐ良いきっかけになっているのが本の力なのだと感じています。今回「K-BOOKフェスティバル」に来て改めて、その役割を強く感じています。