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体験でつなぐ、「読モ」のように 松岡正剛さん「千夜千冊エディション 本から本へ」

 事務所の扉を開けると、いきなり玄関の壁に一面本が並ぶ。フロアに進めば、高い天井に伸びる柱まで書棚。本の上に天井を載せたようで、本好きが夢に見そうな空間が広がる。
 蔵書は、3階建てのビルに約6万冊という。「家にはまだあるんです。ここにあるのは仕事に必要な本ですね」。ウェブ上で続く巨大なブックガイド「千夜千冊」を考えれば納得がいく。雑誌「遊」などで知られる伝説的編集者だった松岡さんが時代に先駆けた試みを始めたのは2000年。「まだネットがどんな力を持つのかわからなかった。でも、その一角に本の知見を語り続ける場所を作ろうと思った」と振り返る。
 著者1人につき1点を取り上げてきた。ただ、書評や批評とは違うという。重視されているのは、読書体験だ。「本の世界にはファッションにおける『読者モデル』がいない。どんな風に本を読んでいるか、その人が見えてこないんです。本と人のつながりを取り戻したい」
 1700点に近い膨大なアーカイブから選び再編集したのが、このシリーズだ。文庫化にあたってウェブとは時系列を入れ替えた。1巻目の第一章には「読書の快楽をむき出しにして読んだ夜」を選んで入れた。
 冒頭に置いた道元の『正法眼蔵』では「道元にさんざん振り回されることはなによりの快感」とつづり、パスカル『パンセ』では「気分がぐんと澄んでくる」と興奮気味に新幹線の中で二つの訳を読み比べた濃密な時間を記す。
 机の上に置いた茶わんに手を差し出しながら言う。「取ろうとした瞬間に、手が茶わんの格好になっている。自分が『茶わん化』している。本と読者に置き換えると、この手が『読書』なんです」。読む前と後、その変化まで含めて、読書という体験の一部なのだ。
 ウェブには、いまも週1冊ほどのペースで新たなレビューが加わっている。「きりがない。もういい加減におりたい」とこぼしたと思いきや、「でも、バシュラールもレヴィナスも書いてない」。書きたい本だけであと500冊はあるらしい。眠れない夜はまだまだ続く。
 (文・滝沢文那、写真・篠田英美)=朝日新聞2018年6月16日掲載