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大西智子さん「にんげんぎらい」インタビュー 一人でいたいときもある、でも一人じゃ生きていけない 

文:太田明日香、写真:平野愛

 『にんげんぎらい』(光文社)は関西在住の作家、大西智子さんの初めて書いた長編作品。小説のテーマやモデルを実体験から得ることが多い大西さんだが、本作の構想は、夫が自宅につけた防犯用のウェブカメラからだった。「この前で何をしたら夫がびっくりするだろう」。大西さんの地元である東大阪を舞台に、ささくれだった日常を送る一人の女性の姿が生々しく描かれる。

 生駒山麓に立ち並ぶ中小企業の工場やそこを貫く高速道路、在日コリアンが多い地域の特徴が小説にも生かされている。主人公は30代で一児の母のまり江。近所の工場でパートで働き、5歳の娘の育児に追われている。表面上はおとなしくて無口な主婦だが、心の中にはいつも毒舌の嵐が吹き荒れている。

 おしゃべりなパート先のリーダーの小川さんに対しては「あんたB型やろ、と決めつけてくるところも(A型だ!)[略]こちらの気分などお構いなしにどうでもいいことを話しかけてくるところも(ちょっと聞いて、うちの下の子がとうとう、ユニバの年パス買いやってん、って知るか!)すべてが腹立たしい(10P)」と手厳しい。

 まり江が心の中で悪口を言う相手は小川さんだけではない。ママ友、夫、姑と、全周囲に及ぶ。夫も、そんなまり江の性格に耐えかねて、ある日、些細なことをきっかけに失踪してしまった。ところがまり江は夫を探すわけでもなく、夫が防犯用につけたウェブカメラの前で自慰行為にふけるようになる。

 一方で母としてのまり江は、一人娘の咲季(さき)に「咲季が生まれたとき、願わくばこの子の人生を最後まで見届けたいと思った。寿命が尽きたあとも、星になって見守り続けたい(17P)」とまで言うほど、対照的な愛情をかける。そんな主人公のこのとらえどころのなさがおもしろい。

 「この小説でこの人はいい人、この人は悪い人というわかりやすい区別はあまりないんですよ。どの人にもいい部分もあれば、悪い部分もあって、人に対する評価も変わっていく。そういう割り切れない感情を書きたいなって思ったんです」

 読み進めるうちに、まり江の毒舌の理由がわかってくる。

傷つかずにすむよう人との距離をはかってきた。人間関係がうまくいかなくて、全人格を否定された気になって、自らの心を守るためにまわりは低俗な奴らばかりだと他人を貶(おとし)め、肥大した自意識と過剰な自尊心を飼い太らせ、いろいろこじらせていた『にんげんぎらい』P64より

 若い頃から不器用で、人とうまくなじめなかった。だったらあえて仲良くせずに人と距離をとっておこう、という自分を守る方法だったのだ。

 「コミュニケーションが下手な人って、誰かを心配する気持ちがあったとしても、言葉に出して言えなくて『冷たい人だ』と思われることがあると思うんです。そういう人の不器用さがすごくもどかしくて。コミュニケーションが下手な人がどんなところで悩んでいるかが伝わればいいなと思いました」

 大西さん自身にも、コミュニケーションが苦手だと思う部分があるそうだ。「LINEでなんて返したらいいかわからなくて、返信に悩んでいるうちにスルーしてしまって『既読スルー』になってしまったり」。その姿はまり江が返信に悩む様子とどこか重なる。

 人を寄せ付けずに過ごしていたまり江に、小さな変化が訪れる。大嫌いな小川さんが入院し、パートリーダーになったのをきっかけに、周囲への見方が変わってくるのだ。

 「まり江のように自分の子どもにしか心を開けない、そういう生き方しかできない女性のちょっとした変化を見てほしい。まり江のことを否定的に見るんじゃなくて、そういう女性でも生きているんだな、と読んでもらえたら」

 印象的なカバーイラストは、まり江そのものだ。足から生えているバラのとげのようなものは、人を寄せ付けず自分の身を守るためのもの。まり江は、それをいつしか自分にも向けていたのではないだろうか。人とうまく関われないのは自分だけじゃないか? どうして自分は……と。

 そんなふうに思わなくてもいい。もしかしたら見方を変えれば、味方とまではいかなくても、気にかけてくれるくらいの人はそばにいるかもしれない。孤独に見えたまり江の周りにも、気にかけてくれる人がいたように。誰しも「一人でいたいときもある。でも、一人じゃ生きていけない」のだから。

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