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石田夏穂さんの読んできた本たち 「明快に書いてある世界観が好き」ミステリーにはまった東工大時代

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「最初の記憶は司馬遼太郎」 

――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしております。

石田:なぜか司馬遼太郎の『梟の城』です。たぶん小学3年生くらいの頃ですね。それまで本を読んでなさすぎて、いちばん古い記憶となるとそれかなと思います。

――なぜ手に取ったのでしょうか。

石田:家に司馬遼太郎の本があったんだと思います。『竜馬がゆく』とか『坂の上の雲』といった有名どころがあって、それで図書館で司馬遼太郎のデビュー作だという『梟の城』を借りたんですよね。読んで中身はよく分かっていなかったけれど、「この人が悪いやつなのか...」とか思っていた気がします。

――おうちにはたくさん本があったのですか。

石田:いえ、みんなが買っているような本があったという感じです。兄弟がいるんですが、弟とも本の話をしたことはないです。

 その後も、歴史好きでもないのになぜか図書館で司馬遼太郎を借りて読んでいました。『風神の門』とか。いちばん好きなのは『燃えよ剣』で、土方歳三が偉くなる前の、何者でもなく地元でやんちゃしている前半が好きでした。地元でしょうもなく喧嘩とか夜這いばっかしているところです。

――石田さんは埼玉県のご出身ですよね。図書館にはよく通っていたのですか。

石田:はい。生まれたのは所沢で、あとは浦和や川口にいました。わりと図書館は家の近くにあったので通っていました。

 あ、思い出しました。小さい頃、『ルドルフとイッパイアッテナ』を読んで泣きました。あれは素晴らしい作品でした。他にぱっと思い浮かんだのは、学校の図書館にあった『はだしのゲン』とか。あとは『ブラック・ジャック』とか...。

――漫画はお好きでしたか。

石田:「週刊少年ジャンプ」をずっと読んでいました。どっちが先に読むかで弟と殴り合いをして流血騒ぎになるほどジャンプっ子でした。世代的に、『ONE PIECE』とか『NARUTO』とか、『アイシールド21』とかが好きでした。

――毎週買って、コミックスでも買って...という感じだったのですか。

石田:あまり大きな声では言えないんですけれど、私の子供の頃って、「ジャンプ」は買わなくても町を歩いていたらあったんですよ。ゴミ箱にきれいなまま捨てられていたり、電車の網棚に置きっぱなしになっていたりして。「ジャンプ」が何百万部と売れていた黄金期だったと思います。なので、そこまで毎週買う、ということはなかったように思います。

――みんな読み捨てていたということですね。漫画のほかに、アニメやテレビ番組などで好きなものはありましたか。

石田:映画は全然見なかったです。あまりテレビっ子じゃなかったんですけれど、父親が大河ドラマを見る人だったので、一緒に見ていました。今では考えられないですけれど、子どもの頃は感受性豊かだったんで「利家とまつ」を見て泣いたりしました。あ、泣いたのは「功名が辻」だったかも。山之内一豊のやつです。

 父親の影響で、時代劇はよく見ていました。時代劇チャンネルみたいなので「剣客商売」とか「遠山の金さん」とか「鬼平犯科帳」とか。時代劇を見ながら、同じネタでいくらでも話が作れるんだな、と思いました。

――最後に必ず桜吹雪の刺青を見せる、とか。

石田:そうです。ああいうの、面白いですよね。いつも同じ展開なのに見入ってしまう。

――振り返ってみて、どういう小学生だったと思いますか。大人しかったのか、活発だったのか...。

石田:結構ニヒルだったと思います。小さい頃のお遊戯とかも、すっごくしらけた気分でやってました。でも表面上はいい子ちゃんだったと思います。内弁慶でした。

「新本格にはまる」

――司馬遼太郎の次にはまった作家はいますか。

石田:なぜか島田荘司で。

――ぜんぜん違う...。

石田:私も、なぜそうなったのか分からないです。島田荘司もデビュー作の『占星術殺人事件』から、ほぼほぼ読みました。中学生くらいの時だと思います。トリックものが好きだったんです。

 島田荘司さんでいちばん好きなのは、『異邦の騎士』です。御手洗潔に石岡君っていう子分がいるんですが、石岡君が大人になるんですよね。それまでヘコヘコしている青年だったのが、ある出来事があって、タクシーの運転手に「早くしろよ」のような乱暴な言葉を言って、赤の他人にこんな乱暴な言い方をしたのははじめだ、みたいなシーンがあるんです。それがすごくよくて。

――トリックものがお好きということで、他の作家もいろいろ読まれたのですか。

石田:京極夏彦さんの京極堂シリーズも、『姑獲鳥の夏』から全部読みました。その前後で綾辻行人さんの館シリーズも全部読みました。めちゃめちゃ面白かったです。そうこうしているうちに高校生になっても、新本格というんですかね。それをずっと読んでいました。歌野晶午さんもすごく好きでした。『葉桜の季節に君を想うということ』とか、あとは『長い家の殺人』といった、『〇〇の殺人』みたいな不穏なタイトルのものとか。歌野さんの小説も全部読んだと思います。

 新本格は、なんだろう、工夫がしてあるところが好きというか。それに、感情がベタベタ書いてある小説が全然好きじゃなくて、新本格はトリックに特化しているところがすごく潔く感じて好きでした。

――新本格の本はどうやって見つけていったのですか。

石田:文庫の解説で知ることが多かったです。なにかの解説で歌野晶午さんが島田荘司さんの推薦でデビューしたと知って、それで歌野さんの本を読んだりして。それに「新本格といえばこの人」みたいなのがあるので、それに沿って読んでいました。有栖川有栖さんも、国名シリーズをはじめ、全部読んだと思います。

――周囲とくらべて、読書家だったと思いますか。

石田:当時はそんな気はなかったけれど、私の中学生の頃はスマホもなかったので、結構本を読んでいたと思います。寝る前とか朝とか、休みの日とか。

――部活に打ち込んだりはしませんでしたか。

石田:中学も高校も、吹奏楽部でした。部活はなんでもよかったんですけれど、たぶん最初に誘われたんだと思います。その吹奏楽部が謎に体育会系で、練習が長かったんです。自分はバスクラリネットという大きな笛のような、超地味な、知名度の低い楽器をやっていました。一回もメロディーを演奏したことなくて、ずっと四分音符をやっていました。どうせならサックスとかトランペットとかフルートとか、キラキラした楽器をやっていればよかったってマジ思います。

――体育会系ってことは、肺活量を増やす運動をしたり?

石田:やってました。今思うと、さして意味もないと思うんですけれど、走り込みとか腹筋とか。

――石田さんはデビュー作の『我が友、スミス』をはじめ、体を鍛えている主人公を多く書かれていますが、運動は好きではなかったのですか。

石田:普通でした。美容院とか行くと絶対「陸上部ですよね?」とか訊かれるので「はい」って言おうか迷っていましたけれど。

「国語の授業が嫌いだった」

――国語の授業は好きでしたか。

石田:好きじゃなかったです。高校の教科書に載っていた作品は全部嫌いでしたね。夏目漱石の『こころ』とか、森鴎外の『舞姫』とか。なにが面白いんだろう、みたいな。

 含みを持たせる書き方があんまり好きじゃなくて。授業で、たとえば「Kはなぜお嬢さんを~」とか考察させるじゃないですか。そんなの、夏目漱石がわかりやすく書けばいいことじゃん、と思っちゃうんです。もちろんそういうつもりじゃないのは分かっているんですけれど、わざともったいぶって、「みんな、考えな」みたいな書き方をしているように思えるんですよね。なんでそんなの答えなきゃいけないんだろう、って。ちゃんと明快に書いてある世界観が好きですね。だから新本格的なものが好きなんだと思います。

 高校は女子高だったんですけれど、『舞姫』なんてみんな大嫌いで。「なんであれが教科書に載ってるんだろうね」って言い合ってました。教えてる先生もなんか嫌そうで(笑)。なんというか、女の人のほうも悪いのでしょうが、相手を妊娠させたことを変に美談っちゅーか武勇伝みたいにして、悩める超絶エリートの頭いい俺ちゃん可哀想...みたいな。なんなんだよ、読ますなよこんなの、っていう。もちろん今とは時代や価値観が違うのはわかりますが、ここから何を学ぶのかさっぱりわかりませんでした。

――他の近代の作家はどんなふうに読まれたのか気になります。太宰治とか。

石田:『走れメロス』は教科書に載っていましたよね。説教くさい話があんまり好きじゃなかったかもしれません。課題図書の純文学系は本当に嫌いで、谷崎潤一郎の『春琴抄』とかも、なんでこんなムラムラしているおっさんの話を読まなきゃいけないんだって、怒りをおぼえていました。なんかすごく嫌でしたね。下半身の話ばかりしていて。

 そう思うと、やっぱり新本格はいいですよね。必ずしもそうじゃないですけれど、結構推理小説の登場人物って、理知的でドロドロしていないというか。ムラムラ、ウジウジ、グジグジしていないところがすごく好きです。

――作文や読書感想文など、文章を書くことは興味なかったですか。

石田:高校の時は全然、興味なかったんですよ。国語は本当に嫌いでした。古文なんか一個もおぼえてないです。なんかいろいろおぼえなきゃいけないじゃないですか。こういうのをおぼえなきゃいけなかったのが嫌だったといま言いたいのに何も出てこないレベルで一個もおぼえていないんですけれど。

――石田さんは東京工業大学に進学されていますが、理数系は好きだったんですか。

石田:そうですね。ちゃんと答えのあるものが好きでした。

――得意でもあったのですか。

石田:そっちのほうが点数がよかったです。国語の点数が悪すぎて。

「バイトと海外ミステリ」

――大学の進学先はどのように決めたのですか。

石田:嘘でもなにか理由を言えよって感じなんですけれど、本当にやりたいことも勉強したいこともなくて、行けそうなところにしました。

 入ったのは工学部で、建築学科でした。建築学科っていうとおしゃれな感じがしますが、全然そんなことなくて。ずっとコンクリートを作って壊して、それで終わりました。なんかほんと、地味な大学生でした。

――なにかサークルには入らなかったのですか。

石田:ずっとバイトしてました。家庭教師とか、塾の先生とか。コーヒー屋のバイトでは、朝型なので朝番を頑張ってました。ティッシュ配りもやりましたし、郵便局でも働いたし、レジ打ちもやりました。なんか節操ないですね。これだけやってたってことは、ひとつひとつが長く続かなかったということかもしれません。ほんとしょうがないですね。

――家庭教師や塾の先生の時、教えるのは上手でしたか。

石田:ド下手でした。生徒さんが「分からない」と言っても、「え、なんで分からないの?」みたいな...。完全に寄り添えない型の先生でした。

――バイトのないお休みの日は何をしていたのでしょう。

石田:本当につまらない人間なんですけれど、暇があったら働きたかったですね。なんか、お金を稼げるのが楽しくて。私の頃は時給900円とかだったんですけれど、「1時間働いたら900円ももらえるの?(嬉)」みたいな感じでした。貯めたお金でなにをしたんだろう...。たまに旅行をしていたかもしれないです。

――どのあたりを?

石田:当時は若くて、海外が好きでした。といっても、台湾とか香港とか。

――読書生活はいかがでしたか。

石田:大学進学前後に、海外の推理小説を読むようになりました。ベタなんですけれど、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』とか。あとこれもベタですけれど、アガサ・クリスティーとか。全部は読んでいなくて、有名なところだけです。『ナイルに死す』とか『アクロイド殺し』とか。ヴァン・ダインとかも読みました。

――海外ミステリを読むようになったきっかけって何かあったのですか。

石田:有栖川有栖さんはたぶん、エラリー・クイーンがすごくお好きですよね。クイーンの国名シリーズにちなんだシリーズを書かれていますよね。たぶん、その流れで読み始めたんだと思います。

 すごく好きになったのはルース・レンデルで、いちばん好きなのはパトリシア・ハイスミスです。パトリシア・ハイスミスは『太陽がいっぱい』が有名だし、ミステリの巨匠みたいに言われていたので読んだんだと思います。図書館にあったのかな。当時は海外の推理小説を読んでいる自分チョー格好いいぜ、と思いながら読んでいました。

――それぞれ好きな作品を教えてください。

石田:ルース・レンデルはたぶんいちばん有名な『ロウフィールド館の惨劇』、あれがすごく好きでした。ゾクゾクしました。パトリシア・ハイスミスはみんなそうだと思いますが、『見知らぬ乗客』とリプリーシリーズ。やっぱり『太陽がいっぱい』がいいなと思いました。でも、全部好きです。自分は悪いやつが好きだなと思いました。現実世界では嫌なんですけれど、小説の世界では、道徳的じゃない人が、なんかいいんですよね。嘘くさくないというか。
あ、あと、サラ・ウォーターズもすごく好きです。

――『半身』とか?

石田:『半身』もすごく好きですし、『荊の城』がザ・推理小説という感じのドーンとくる話で、すごく好きです。
それと、大学生の時、家に母が買った髙村薫さんの『マークスの山』があったんですよね。それを読んで好きになりました。

「髙村薫作品に出合う」

――お母さんもミステリがお好きだったんですか。

石田:母はそんなに読書好きというわけではないんですけれど、それなのに『マークスの山』が家にありました。前に担当者さんにこの話をしたら、「当時はスーパーで白菜を買うようにみんなが『マークスの山』を買っていたんですよ」って言ってました。「もうみんな『マークスの山』だったんですよ」って。

 自分も読んで本当に好きになり、髙村さんの作品は全部読みました。『冷血』や『レディ・ジョーカー』や『わが手に拳銃を』とか。いちばん好きなのは『黄金を抱いて翔べ』というデビュー作です。

――『マークスの山』などは合田刑事シリーズで警察小説ともいえますけれど、『黄金を抱いて翔べ』は犯罪小説ですよね。

石田:そうですね。合田シリーズも好きなんですけれど、どちらかというと犯人目線のものが好きです。合田刑事って、なんかいい子ちゃんなんですよ。ちゃんと生きてこられてきた人というか。東大卒でヴァイオリン弾けて、頭が良すぎて考えちゃう、みたいな。

――あの、好きなんですよね? 

石田:はい、すごく好きです。『黄金を抱いて翔べ』はもう、名もなきやつらの話で、イライラしててなんか悪いことしたい、みたいな。そういう、よろしくない人のほうが読んでいていいんです。なんかすごく、犯罪者目線の薫が好きです。

 髙村薫さんと同時期に、五條瑛さんのスパイものも読みました。たぶん髙村薫さんが好きな人は五條瑛さんも読め、みたいな流れがあった気がします。五條作品も全部好きですけれど、『プラチナ・ビーズ』などの鉱物シリーズが特に好きです。

――ノンフィクションは読みましたか。

石田:科学系のノンフィクションはすごく好きでした。宇宙の起源は何かとか、ビッグバンとは何かといった宇宙系の本とか。あとはフェルマーの最終定理などの数学系が好きでした。でも、ひとつもおぼえていません。分かってないんですけれど、分かった気になるのが好きでした。

――映画はあまり観なかったのですか。

石田:観なかったですね。私、あまり映画が好きじゃないんですよね。美男美女しか出てこないから、現実感がなくて。時代劇を見ている時も、なんで寝起きなのにこんなに化粧ばっちりなのかなって、そこは目を瞑るべきなのに思っちゃうほうでした。

 そのへんの嘘くささがないから、文章が好きなのかもしれないですね。と、今話しながら思いました。

「小説を書き始める」

――大学時代、まだ小説を書こうとは1ミリも思ってなかったですか。

石田:髙村薫さんを読んでからは、自分でもこういうのが書きたいと思っていました。20歳くらいの時です。

 当時書いたのは全部、主人公が悪いやつで、テロリストかスナイパーかスパイでした。何の意味もなく舞台がアメリカとかメキシコで。行ったこともないのに。

――その頃書いたもののデータ、残っていますか?

石田:残ってないです。

――うわー残念です。新人賞に応募はしましたか。

石田:しました。私、ずっと江戸川乱歩賞に送っていたんですよ。社会人になってからも、毎年じゃなくて三年に一回くらい。箸にも棒にもひっかかりませんでした。

――それにしてもあんなに新本格を読んでいたのに、テロリストかスナイパーかスパイの話だったんですね。

石田:本当ですね。新本格は夢中になって読んでいたんですけれど、心のどこかで、どの探偵も高等遊民だな、と思っていたんです。どうやって飯食ってんのかなとか、嘘くささを感じてしまっていたというか。いや、それ以上にひとつもトリックを思いつけませんでした。

――卒業後は就職されたわけですよね。

石田:建設会社に入りました。誰も本なんて読まないんですよ。私もそんな読まないんですけれど。でも、たまーーーに出張に行くおっさんがめっちゃ文庫とか持っている時があって、そういうときはときめきました。

――新人賞への投稿は続けていたわけですよね。小説家志望ではあったわけですか。

石田:なれたらいいなと思っていました。でもそれを食い扶持にしようとは思っていなかったです。そのために仕事を辞める、ということも思わなかったです。

――お仕事しながら長編を書ききるのは大変だったのでは。

石田:当時の自分、普通に500枚とかの長編を書いていたんですよ。今は100枚書いたら鼻血が出るんで、どうやって書いていたんだろう...。

――お仕事しながら、ジムには通っていたのですか。

石田:はい。運動習慣が全然なかったので、何かしないとやばいかなと思いました。当時、筋肉体操的なものが流行っていたこともあって、27歳くらいの頃からジムに通いはじめました。それで、結構はまりました。

――それが小説に繋がるわけですものね。2021年に第45回すばる文学賞佳作を受賞した『我が友、スミス』はボディー・ビルの大会のために肉体改造していく女性が主人公。このデビュー作は芥川賞の候補にもなりました。テロリストやスパイやスナイパーから作風を変えて純文学の賞に応募したのは、何かきっかけがあったのですか。

石田:ずっと乱歩賞に送っていたんですけれど、ぜんぜん駄目で。それでなんとなく、違う話を書いてみたんです。女性が脂肪吸引を繰り返す話を書いて、当時あった大阪女性文芸賞という地方の賞を雑誌で見つけて送ったんですよ。それがうまいこと当選して。その時の審査員が町田康さんで、「純文学の賞に送ったほうがいいよ」と言ってもらえたんです。その時は「なんでだろう」と思ったんですけれど、その後『我が友、スミス』を書いてデビューできました。

――大阪女性文芸賞を受賞された脂肪吸引の話は、『ケチる貴方』に収録された「その周囲、五十八センチ」ですよね。脂肪吸引のことが細かく書かれていて、取材されたのかなと思うくらいでした。

石田:恥ずかしいんですけれど、自分は28歳のころ思春期で、足が太いのが嫌だなと思ってたんです。そんな悩みはもっと若い時に乗り越えておくべきなんですけれど。で、美容クリニックみたいなところに行ったんです。結局なにもしなかったんですけれど、そのクリニックの先生がめちゃめちゃ面白く説明してくれたんですよ。脂肪をこう取ってこう取って、こう取ったらこうだよ、みたいな。自分にもし金と勇気があったらやっちゃうのかなと思ったので、それを書きました。ほんと、人生何があるか分からないです。その先生にお金払わないといけないですよね(笑)。

――純文学作家としてデビューされたわけですが、自分の書く小説のジャンル的なことはどう意識されていましたか。

石田:デビューするまでは、ジャンルはまったく気にしていなかったんです。デビューしたら、完全アウェイでやばかったです。界隈の人たちが「絶対これ読んでるよね」みたいに言われる本を一冊も読んでいませんでした。最初の頃は、筋トレ繋がりで、三島由紀夫さんがどうのこうのとよく言われました。私は当時、三島由紀夫さんが筋トレをしていたことすら知らなかったんですね。デビューして三年ぐらいはずっと分かっているふりをしていて「ああ、『仮面の告白』ですねー」とか読んだこともないのに頷いていました。他にも、みなさんが当然のように「あれ読んでるよね」という本を100パーセント読んでいなくて、ひたすら読んだふりだけが上手くなる日々でした。最近は正直に「読んでないです」って言っています。

――潔いですね。慌ててこっそり読むわけでもなく。

石田:そうなんですよね。いまから勉強しようとも思わず、相変わらず同じ小説ばっかり読んでいます。もっといろんな本を読めと言われるんですけれど、『黄金を抱いて翔べ』なんて20回くらい読んでいます。

――20回くらい読む時って、どういうところを意識しながら読んでいるのですか。

石田:自分が文章を書くようになってから読むと、「あ、こういうふうに書くんだな」とか「なんでこのシーンを入れたのかな」とか、思うことがいろいろあって面白いんです。

「古処誠二作品に出合う」

――その後、はまった作家はいましたか。

石田:髙村薫さんの次に古処誠二さんが好きになりました。それが30歳くらいの時です。なんか硬派な話が読みたいなと本屋さんに行ったら戦争の話があったので、それを読んですごく好きになりました。

――古処さんはずっと戦争の話を書かれていますよね。どういうところがいいなと思ったのですか。

石田:登場人物がとにかく縦社会でストイックで、ほぼ仕事のことしか考えていないところです。戦場だから当たり前と言えば当たり前なんですけれど、上からの命令が絶対なんですよね。今俺はここにいて部隊はこうしなきゃいけないとか、何日までにあそこまで行かなきゃいけない、とか。あと、やっぱり描写が格好いいですね。ハードボイルドタッチで、心理描写が最低限しかないんですよね。たとえば「泣いた」みたいなことは書かずに、「汗を拭う仕草で目を擦った」とか「川で顔を洗った」みたいな表現で書くんです。オラオラと感情を書かないところにぐっときます。『ルール』とか『接近』とか『七月七日』とか、もう、全部の作品が好きです。

――今年文庫化された古処さんの『敵前の森で』の巻末解説は、石田さんがお書きになっていましたね。

石田:推しに近づいたオタクです。

――あの解説、めちゃめちゃ面白かったです。石田さんも古処さんも組織の中にいる人を書くという共通点があるんだ、と腑に落ちました。

石田:ありがとうございます。あと、古処先生は小説の中で「戦争反対」みたいなことは言わないじゃないですか。いい子ちゃんらしいことっていくらでも言えるけれど、それを言わない。そういう態度もすごく好きです。

――もちろん戦争礼賛でもないですしね。ただ淡々と書いている。

石田:そう、淡々と現場の人を書いている感じが、すごくいいなと思います。

――石田さんは今、お仕事されながら執筆時間をどう確保しているのですか。

石田:自分は朝書きます。4時くらいにパッと起きられるんですよ。これでおばあちゃんになったら何時に起きるんだろうっていう...。でも仕事終わりはもうヘトヘトで、水浴びたアンパンマンレベルで「もう寝る」となるので、夜は何もできないですね。

――残業は少ないのですか。

石田:私はすぐ帰っちゃうんです。残業している同僚を見捨てるのが得意です。「頑張れよ」と言って、無慈悲に定時であがりますね。

――土日も執筆されているわけですよね。本を読む時間はありますか。

石田:通勤の時や寝る前に読みます。でも、読むと「なんで他の人はこんなに上手なんだろう」と落ち込むことがあります、ほんと。

――ということは、国内の作家を読むことが多いのですか。

石田:同じものを何回も読んじゃうので、最近はもう本当に、薫、誠二、薫、誠二、薫、誠二......。こうやって人は大人になり年老いていくんだな、懐メロしか聴けない大人になっちゃうんだな、と、ひしひしと感じます。完全にお二方の作品が聖書化していますね。新しい本も読まなきゃと思っています。

「自作について」

――石田さんの作品の登場人物は仕事熱心な人が多いですよね。それと、筋トレや冷え性、脂肪吸引などが描かれていて、身体感覚に敏感な印象です。

石田:身体性とか見た目について書いてくださいって、すごく言われます。でも、そんなに興味ないかもしれません。それよりも、仕事をする人のひたむきさを書くほうが好きです。自分が新本格とか推理小説が好きなのも、推理して謎を解くという仕事をしている人の生真面目さというか、一直線な感じが好きだからかな、と、今喋りながら思いました。

――『ケチる貴方』の冷え性の主人公や、『ミスター・チームリーダー』のボディー・ビル大会のために身体を絞っている中間管理職の主人公は、仕事の状況がダイレクトに身体に変化を与えますよね。冷え性だったけれど部下に優しくしたら体が温まったので、その後は身体を温めるために優しくするようになる、とか。ああいう仕事と体の関連性も面白いです。

石田:消極的な理由になっちゃうんですけれど、自分はあまり心理描写を書きたいと思わなくて。「嬉しい」「悲しい」ってなんか、書いたもの勝ちになっちゃう気がするんです。なので、それを身体の描写に置き換えているのかなと思います。たとえば「緊張した」と書くよりは、「血圧が上がった」と書くほうが好きなんですよね。それが事実だから。

 結局人間って、気持ちで生きていなくて、もっと即物的な気がします。人の性格って条件次第だなって思うんです。暑いとイライラするし、寒いと不機嫌だし、ポカポカ暖かいと優しくなる。人間ってその程度の生き物だよな、というのは生まれつき思っていることです。なぜそう思っているのか、自分でも分からないんですけれど。

――いろんな職種の人を書かれていますよね。たとえば『黄金比の縁』の採用担当、『我が手の太陽』の溶接工、『緑十字のエース』の工事現場の安全衛生管理責任者......。

石田:ことごとく、自分の身近にいる人ですね。そうでないと興味を抱けないところがあって。工事現場に行くこともありますし、採用の面接官をやったことはないんですけれど、自分もザ・就活をしたので「こういうことかな」と思うところはありますし。溶接工は施工管理の仕事をした時に一年くらい一緒にいました。溶接工は本当にすごいです。

――新刊の『緑十字のエース』は工事現場が舞台。訳あって大手デベロッパーを退職した主人公の浜地が、建設会社の契約社員となり、工事現場の安全衛生管理責任者に任命される。彼の教育係である年下のヤンキー、松本がめちゃめちゃ安全衛生管理に厳しくて、職人さんたちから疎まれているという。

石田:施工管理の仕事をした時、工事現場ってこうなっているんだ、という驚きがあって。結構カオスだったので、そこを書きたいと思いました。

――途中で浜地が現場の奇妙な状況に気づき、話がミステリっぽくもなりますね。そこから、いろんな人の狡さとか、ふがいなさも見えてくる。他の作品にも共通しますが、仕事する人のひたむきさを描きながらも、決して美談にならない方向にいきますよね。

石田:美談、大嫌いなので。人間とか世の中とかって汚いと思ってるんで、それを美化せずに書きたいですね。ほっこりとかも大嫌いです。すみません、なんか嫌いなものばかりで。

――その一方で、超バッド・エンドにもしないですよね。

石田:あ、確かに。めでたしめでたしにはしないけれど、ザ・バッド・エンドにもしないですね。バッド・エンドってのも嘘くさいと思うんですよね。たとえば、主人公以外の家族がみんな死んじゃった、という結末だったとしても、この人この後ご飯食べるんだろうな、って思っちゃう。オシッコとかするんだろうな、って思っちゃう。人間ってそんな劇的にショック受けなくね? と思ってしまうので、ザ・バッド・エンドを書くのは難しいです。

――絶妙なユーモアも石田さんの作品の魅力ですが、これは何かの影響があるのでしょうか。

石田:よく「お笑い好きなんですか?」と訊かれるんですけれど、全然知らなくて。人を笑わせたいとか、一人でも多くの人を笑顔にしたいということでは全くなく、単に、自信がないんですよね。ボケたら許されるかな、みたいな。自信がある人ってたぶん一回もボケずに最後まで書けると思います。私なんかは、自信がないところでボケちゃうんです。薫や誠二は1回もボケないで、ずっと緊張感を維持して書けるので、当然ですが、自分には一生真似できません。

――ひとかけらの笑いもないハードボイルドとか、書いてみたいですか。

石田:みたいですね。ただ、書けないと思います。

――3月下旬には中央公論新社からお仕事小説短篇集『ノーメイク鑑定士』が出ますよね。表題作は、取引先から「御社にスッピン社員がいる」と苦情がきて、主人公の女性社員にスッピン女子捜しの密命が下りるが......という。こちらの刊行も楽しみですが、この先、こんなものが書きたい、というのはありますか。

石田:いやー、ぱっと思いつきません。

――テロリストとかスナイパーとかスパイが出てくる話は、いつか書かれないのでしょうか。

石田:あ、どうなんだろう(笑)。書けたらいいと思います。

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