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介護する/される 超えた豊かさ

辻山良雄が薦める文庫この新刊!

  1. 『介護民俗学という希望 「すまいるほーむ」の物語』 六車由実著 新潮文庫 680円
  2. 『可愛い世の中』 山崎ナオコーラ著 講談社文庫 605円
  3. 『いっぴき』 高橋久美子著 ちくま文庫 799円

 介護の現場において、自然に語られはじめる個人の記憶。そこには作意がなく、それゆえに胸を突かれるような話も多い。著者は静岡県沼津市にあるデイサービス「すまいるほーむ」の管理者を務め、民俗学で行われる「聞き書き」の手法を用いながら、お年寄りたちの語る話に耳を傾けた。個人の体験が、その時代、土地の証言となる過程はスリリングである。
 〈ケアする〉はずの介護者が、個人の人生が詰まった語りに心を動かされ、いつの間にか〈ケアされている〉ことが面白い。する/されるを超えた時間を通じて、人が豊かに生きることの意味が、少しずつ明らかになっていく。

 社会の無意識は、個人に対して期待する像を押し付けてくることがある。主人公の豆子は、「男は一家を養うべきだ」「女は可愛くいるものだ」といった社会の一般的な価値観に違和感を持ち、自分が稼いで夫を養っていこうと考える。豆子には3人の性格が異なる姉妹がいるが、違っていながらも互いを認めあう関係が心地いい。
 この小説には、これから結婚しようとする男女の、お金の話が数多く登場するが、そこから逃げない作家の勇気が、この作品にある種の倫理観を与える。結婚式の感動よりも、その準備が細かく描かれることに、作家の書こうとする世界が表れていると感じた。この社会に根を張り、あたらしい価値観を切り開いていく小説だ。

 著者はロックバンド・チャットモンチーの元ドラマー。一気呵成(かせい)にことばが流れていくエッセーは、音楽をやっていた人ならではのものだと思った。
 辛(つら)いことでも3人で乗り越えることが出来たバンド時代とは異なり、著者は「いっぴき」で生きていくことを決意する。身の回りのことが書かれたエッセーには、自分が変わることを恐れない生きる強さを見つけることができる。旅や人生のなかで、未知の人や物に遭遇するほど、文章が生き生きとして見えるのは、かたちにとらわれることのない、自由な精神があればこそ。力がわいてくる好著。=朝日新聞2018年6月23日掲載