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永田和宏「もうすぐ夏至だ」書評 科学と短歌、通底する形式とは

評者: 福岡伸一 / 朝⽇新聞掲載:2011年06月19日
もうすぐ夏至だ 著者:永田 和宏 出版社:白水社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784560081310
発売⽇:
サイズ: 20cm/233p

もうすぐ夏至だ [著]永田和宏

幼くして英国に移住し、その後、英語で書く世界的作家となったカズオ・イシグロはこんな風に語った。創作のきっかけは、自分の中にあった大切な日本の記憶が消え去ってしまう焦燥感。なんとかそれを定着しておきたいという願いからだと。そして時間の記憶は、死に対する部分的な勝利だと。同様な言葉を本書で見つけてはっとした。
 細胞生物学の第一人者となった著者は、同時に著名な歌人でもある。どうして科学と文学というまったく違ったことを同時にできるのですか。何度も訊(たず)ねられたという。
 いずれにも創作、発見の楽しみ、喜びがあるから。そう答え、そして自らも思い込んできた。けれども、そんなのはまったくの嘘(うそ)で、二つのことには特別な関係がなく、同時に行うことにも意味はない。ただ、「なんら関係のない二つのことを同じ重さでやってきたというスタンスと、その時間の堆積(たいせき)が、ようやく最近になって、自分のなかでかけがえのないものであったと思えるようになってきた」。
 著者の娘で歌人でもある紅さんが、20歳の頃、こんな風に言い当てたという。歌を作るということは「自分の時間に錘(おもり)をつける」ことのような気がすると。
 「短歌はその短さゆえに、事実を正確に記録するという点においては日記や小説に及ぶべくもないが、逆に、ある瞬間の心の動きを敏感にキャッチし、短い言葉で定着するという早業においては他の文芸の追随を許さない」
 このようにして著者は、一心不乱に研究を進め、一心不乱に歌を詠んだ。科学も文学も、流転する時に抗(あらが)うある形式だと気づかされる。歌の同志でも、ライバルでもあった夫人、河野裕子を追想する書でもある。彼女は闘病の末、昨年8月、世を去った。タイトルは著者の次の歌による。
 一日が過ぎれば一日減ってゆく君との時間 もうすぐ夏至だ
 評・福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)
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 白水社・1995円/ながた・かずひろ 47年生まれ。京都産業大教授。宮中歌会始選者、朝日歌壇選者。