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「完本 ジャコメッティ手帖」書評 鬼気迫る創造の現場

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2010年05月09日
完本ジャコメッティ手帖 1 著者:矢内原 伊作 出版社:みすず書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784622075080
発売⽇:
サイズ: 22cm/379p

完本 ジャコメッティ手帖 1 [著]矢内原伊作

 マルデTwitterノヨウナメモ的ナ日記ヲ片仮名ト仏語デ語ル哲学者矢内原(以下Y)ハAlberto Giacomettiノモデルヲ5度ノ渡仏ヲ通シテ務メタ。ソノ間ニ交ワシタ二人ノ緊迫シタ芸術論カラ芸術ノゴーレムノヨウナAlbertoノ狂気ノ創造世界ガ浮カビ上ガッテクル。Yヲ「美シイ」ト褒メタ画家ハ、見エルママニYヲ描クガ、ソノ行為ノ中身ハ、絶望、凄惨(せいさん)、鬼気、破滅、苦悶(くもん)、咆哮(ほうこう)ガ渦巻ク。
 Picassoヲ否定シ、大衆看板絵ニリアリティーヲ見、エジプト絵画ヤRousseauヲ愛スル、ソンナAlbertoニ、我ガ哲学者ハ知的挑戦ヲ果タス。Yガ日本ニハ哲学ガナイト嘆クト、画家ハ、哲学ハ精神ノ貧困ノ証拠ダカラ「ナイコトハイイ」コトダト、軽クカワス。
 サラニYハ日本人ノ西洋ノ物マネヲ叩(たた)クガ、日本ノ哲学ハ元々西洋カラノ輸入デハナカッタノカ。マタ伝統主義者ニモカカワラズYハ日本ノ歌舞伎ヲ異国趣味デ俗悪ト論ジ、「歌舞伎ノ限界ハ日本ソノモノノ限界」ト日本批判ニツナゲル。思ワズアレアレト首ヲカシゲタクナルガ、芸術ノ巨匠ハ「日本ノ芝居ヲヨクナイ、トイウ奴(やつ)ハ馬鹿ダ」ト、一蹴(いっしゅう)シタ。
 Yノ日本批判ハ映画ニモ及ビ「羅生門」ハ西洋的ダト言エバ、同席ノJean Genetガ「教養ハ興味ナイ。イイカ悪イカダケダ」ト、我ガ哲学者ノ評価ヲ一顧ダニシナイ。コンナ問答ガ随所ニメモラレテイルガ、哲学者ノ知ニ対シテ芸術家ノ本能ガ、Yノ構築サレタ観念ヲハチャメチャニ揺ルガス。
 ソレニシテモ最後マデ残ル疑問ハ、Yガモデルヲ続ケル必然性ト彼ノ思惑ノ不透明サダ。画家ハYヲ必要トスルガYハ何ヲ? 画家ニ奪ワレル魂ノ陶酔? ソレトモ評伝執筆? 或(あ)ルイハ画家夫人Annetteトノアバンチュールナノカ? トモアレ、コノ本カラ伝ワッテクル気配ハ、画家ノ魔力ガ哲学者ヲ悲劇的虚無ニ追イ込ムノデハ?トイウコト。身体ヲ張ッタ哲学者ニシカ書ケナイコレ以上ノGiacometti論ハ、ドコヲ探シテモナイダロウ。乞(こ)ウ続編。
 〈評〉・横尾忠則(美術家)
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 武田昭彦ほか編、みすず書房・7875円/やないはら・いさく 1918〜89。哲学者。著書に『ジャコメッティとともに』など。『〜手帖2』は今月下旬に刊行予定。

 【写真説明】
絵・横尾忠則