舞城王太郎「獣の樹」書評 目が離せない、成雄サーガ
評者: 斎藤環
/ 朝⽇新聞掲載:2010年08月08日
獣の樹 (講談社ノベルス)
著者:舞城 王太郎
出版社:講談社
ジャンル:新書・選書・ブックレット
ISBN: 9784061827271
発売⽇:
サイズ: 18cm/524p
獣の樹 [著]舞城王太郎
本作の主人公は超人的な俊足少年・成雄だ。そう、同じ作家による『SPEEDBOY!』や『山ん中の獅見朋成雄(しみともなるお)』に連なる物語である。成雄は雌馬の腹から産み落とされ、背中に鬣(たてがみ)を持つ謎の少年だ。
本作の縦糸は成雄の出自をめぐる謎解きだ。ここに彼を引き取った河原家の長男・正彦との友情や大蛇に乗った少女・楡(にれ)との恋が交錯する。さらに成雄の父親である科学者による生命操作、大蛇を操る子供のテロリスト集団によるクーデター、さらにその集団を殲滅(せんめつ)すべく介入するCIAが絡み、物語は途方もない広がりをみせていく。
荒唐無稽(こうとうむけい)にもみえるイマジネーションの奔流に説得力をもたらすのは“舞城印”とも言うべき文体だ。内面描写を抑圧し、せき立てるように連鎖する会話と行動。その縦ノリのビートが高速・高圧の文体を駆動する。
自分のルーツである動物を探す成雄の探求は、やがて「人間とは何か」の答えにたどりつく。その答えはしかし、「悪」とは何か、「倫理」は可能かという問いの端緒にすぎない。成雄サーガのゆくえからは、当分眼(め)が離せそうにない。
斎藤環(精神科医)
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講談社・1450円