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「体験」を迫る戦争文学の大作

福永信が薦める文庫この新刊!

  1. 『レイテ戦記』(一)~(四) 大岡昇平著 中公文庫 各1296円
  2. 『フランシス・ベイコン・インタヴュー』 デイヴィッド・シルヴェスター著 小林等訳 ちくま学芸文庫 1404円
  3. 『はい、チーズ』 カート・ヴォネガット著 大森望訳 河出文庫 994円

 (1)「大叙事詩」(大江健三郎)とも「交響曲的」(菅野昭正)とも、「文学的大悪戦苦闘」(大西巨人)とも呼ばれた戦争文学の大作。男だけが出てくる異様な小説だが、恐るべき読書体験、まさに「体験」そのものを読者に迫る。フィリピン・レイテ島での米軍との凄絶(せいぜつ)な死闘、錯綜(さくそう)した作戦が延々と、まるで現在進行形の事態のように連なる。読者は覚めぬ悪夢に放り込まれた気持ちになるが、現実に起こったことだけが書いてある。レイテ戦を覆う濃密な1年間。刊行後も新資料にあたりながら修正や補遺を、機会あるたび続けた。今回はインタビュー等が付されたが、4巻で著者の言う「歴史はくり返さない」が印象的だ。読者は様々な解釈を、これからも続けていくことができる。

(2)生前から美術界のスターであり、多大な影響を周囲に与えた画家の貴重な対話集。35年前、意外なことに文芸誌で大々的に紹介された(別の訳者による抄訳)。彼の絵は一度見たら忘れられないが、描かれているのは必ず人間だ。戦争の時代を生き抜いたが「絵に表現されている暴力」と戦争とは何の関係もないと語る。しかし大岡昇平と同年生まれであり、戦争を強く意識しているのは確実だ。本書の聞き手の「度しがたい凡庸さ」(浅田彰)は、画家の友人という立場の近さに由来するかもしれない。解説で保坂健二朗がインタビューの校正前の文字起こしを部分的に訳出しているが、これが面白い。

(3)著者は第2次大戦で独軍の捕虜になった。その経験は他の本の中に書かれるが、本書にも小さな影を落とす。「円熟期のような初期作品」(円城塔)と解説者が言う通り、人間の生を知り尽くした者が書いているとしか思えぬ作品ばかり。未発表短編集というのが信じがたいほど。読者に無関係な人物達が書かれているはずなのに、どうしても自分のことのように読んでしまう。小説のフシギ。没後の刊行なので著者と同世代のファンの多くは読めなかったかも。それなら私達が代わりにしっかりと読まなければ。読者も時代を超えて連帯しなければ。=朝日新聞2018年7月21日掲載