東直子が薦める文庫この新刊!
- 『消滅世界』 村田沙耶香著 河出文庫 680円
- 『あこがれ』 川上未映子著 新潮文庫 562円
- 『あの家に暮らす四人の女』 三浦しをん著 中公文庫 734円
多様化する生き方と共に多様化する家族を考察できる本を。
(1)は、人工授精で子供を産むことが基本となった社会の中で、セックスが消滅しようとしている世界を描く。夫婦間のセックスが「近親相姦(そうかん)」とされるなど、一見無茶苦茶(むちゃくちゃ)なように思えるが、ひたすら合理化を目指す現代にとっては案外理想的なのではないか、とも思えてくる。「時代は変化してるの。正常も変化してるの。昔の正常を引きずることは、発狂なのよ」と、主人公が自分を支配してきた母親に告げるセリフが胸を突く。変化する時代の性を模索し続ける作者の新たな問いが、強い。
(2)は、父親のいない少年麦くんと、母親のいない少女ヘガティーが、魂を共鳴しつつ成長していく物語。ヘガティーは、外国人というわけではなく、おならが紅茶のにおいだったことからついたあだ名。麦くんが密(ひそ)かにあこがれているまぶたの青いサンドイッチ売り場の店員を「ミス・アイスサンドイッチ」と名付けるなど、ドライブ感のある文章の随所に言葉のセンスが光る。彼らが恋心とは違う気持ちで強く結びついているのは、欠落感を抱えた孤独を深く理解しあっているからだろう。双方を主体とする二つの中編によって、それぞれの切なる願いが光を放ちながら変化していく様子が清々(すがすが)しい。
(3)では、谷崎潤一郎の『細雪』に登場する四人姉妹にちなんだ名前を持つ四人の女性たちが、古い洋館の一つ屋根の下で生活を共にする。洋館の持ち主である鶴代と佐知は母子だが、雪乃と多恵美は、それぞれわけあってこの家で暮らすことになった。四人の独身女性たちが協力しあって生活を切り盛りする中、庭の守衛小屋に住んでいる山田という老人が、ピンチの時にはかけつける。
全体的に『細雪』のオマージュをほんのり感じさせる客観描写だが、ときに思わぬ者の口を借りて超客観描写的になる場面もあり、楽しい。結婚という固定概念から自由な女たちのユートピアとして、知恵と勇気とロマンとユーモアに満ちている。=朝日新聞2018年8月4日掲載