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海外文学の名作、新鮮な新訳も

辻山良雄が薦める文庫この新刊!

  1. 『ワインズバーグ、オハイオ』 シャーウッド・アンダーソン著 上岡伸雄訳 新潮文庫 637円
  2. 『アフリカの日々』 イサク・ディネセン著 横山貞子訳 河出文庫 1566円
  3. 『舞踏会へ向かう三人の農夫』(上・下) リチャード・パワーズ著 柴田元幸訳 河出文庫 各1080円

 書店の店頭で「この本、文庫になったのか!」と驚いた体験は、誰しもお持ちだろう。この夏は、海外文学のファンにはうれしい名作が、次々と文庫化されている。

 (1)は19世紀末、アメリカ・オハイオ州のワインズバーグという架空の町を舞台にして、そこに生きる様々な人物を描いた連作短編集。小さな町ゆえに起こる人間関係の息苦しさや、変化に乏しい日常が、町の住人を次第に蝕(むしば)み、孤独や焦燥感へと追いやっていく。
 少し哀(かな)しそうでどこかいびつにも見える住人たちが、深い共感を持って描かれ、人の闇を覗(のぞ)き込むような素朴で力強い心理描写には、現代の小説に通じる源流を見いだすことができる。今回、時代にあった滑らかな新訳がなされ、まったく新しい小説を読んでいるかのような新鮮な印象を受けた。

 (2)世界的な作家としての地位を確立するまえ、ディネセンは女性農場主として、18年間をケニアの地で過ごした。北欧から来た作家のまえに現れたのは、広大なアフリカの自然や、ヨーロッパとは文化・風習を異にする人びと。目にするものすべてが新しい、そのよろこびと戸惑いが、端正な文章の隅々にまで行き渡った、複雑な味わいが楽しめる。
 まったくの別天地で、人種の違いや、女性であるがゆえの偏見に苦しみながらも、ディネセンはそこに一人の人間としての倫理観を育む。アフリカというおおらかな大地に心を開かれ自らを養った、成長譚(たん)とも読める物語。
 そして時代はぐんと現代に近づき、小説の可能性は

 (3)を生むまでに至った。ぬかるんだ畦(あぜ)道に立つ3人の農夫の写真をはじまりとした、壮大なスケールを持つ文学作品は、〈世界そのもの〉を記述せしめんとする、小説家の根本的な欲求がどのページにも迸(ほとばし)っているようである(読みながら感動すら覚える)。時と場所、人物や文体が次々と変わる先には、一つではない世界の姿と、それゆえの豊かさがある。自ら読むことで、書かれた世界が立ち上がる、文学の共犯関係を強く意識させる作品だ。=朝日新聞2018年8月11日掲載