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「市場のことば、本の声」書評 人と出会える場所が世界の中心

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月18日
市場のことば、本の声 著者:宇田智子 出版社:晶文社 ジャンル:本・読書・出版・全集

ISBN: 9784794970244
発売⽇: 2018/06/12
サイズ: 20cm/235p

那覇に移住して9年。店先から見えてきた、そして店先で考えてきた、本のこと、人のこと、沖縄のこと…。古本屋の店主にして気鋭のエッセイストが綴る珠玉のエッセイ集。『BOOK5…

市場のことば、本の声 [著]宇田智子

 横浜で育った女性が、大手の書店員になり、やがて那覇の市場で古本屋を始める。そして様々な違いに気づく。たとえば、自分は店番をしながら本を読んでいるのに、周りの店の人たちはただじっと座っている。営業時間を決めている店はほとんどなく、待ち合わせでは「今出るね」というメールが相手から来るだけで、何時に会えるかわからない。おまけに各店舗にはトイレもないし水道もない。
 そこで彼女は、沖縄の人はのんびりしているな、なんていう安易な結論には飛びつかない。かわりにじっと見て言葉を聞き、時間をかけて考える。そして別の理屈に気づく。座っていれば自然と他の店の人々やお客さんとしゃべるし、ふと漏らされた切実な言葉も聞き逃さない。時計の示す時間より、月や海の動きに沿った旧暦に従って生きる。一つの店では完結できないから、食べ物や飲み物を通して、人の気持ちが巡る。
 時間をかけて、少しずつ彼女は発見していく。その過程が生々しく記録されているから、言葉に命が宿っている。僕はこのくだりが好きだ。ある日、男性が『沖縄の冠婚葬祭』という本を買っていく。実は妻を亡くして、お盆のとき仏壇にどうお供えすればいいか分からなかったという。一人の人がいて、一冊の本を知り、喜びを感じる。そうした出会いの場が書店だ、という当たり前のことに、彼女は目を開かれる。
 大型書店では本は点数や売り上げでしかなかった。そして出版不況の中、日本人の活字離れとか、日本文学は国境を越えるか、なんて大きな話が語られる。でも、と彼女は言う。「必要なのは世界で通用する本よりも、目のまえのお客さんに喜ばれる本だ。そんな本が近所でつくられていてすぐ手に入れば、それが一番」。ここには、人と人の出会いがあれば、どんな場所でも世界の中心だ、という思想がある。こうした考え方こそが世界を変える、とこの本は教えてくれた。
    ◇
 うだ・ともこ 1980年生まれ。古書店主。わたくし、つまりNobody賞受賞。『那覇の市場で古本屋』など。