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紙の本ならではの贅沢堪能 アンソロジスト・東雅夫

  • 円城塔『文字渦』(新潮社)
  • 南條竹則編訳『英国怪談珠玉集』(国書刊行会)
  • マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』(安藤哲行訳、河出書房新社)

 先月の本欄で、円城塔氏が電子書籍オリジナル、つまり電子版でしか読めない作品を取りあげたことには快哉(かいさい)を叫んだ。本の在り方が多様化する現在、紙で読めないために紙媒体での批評や紹介の機会が限られる現状は、早々に打開されるべきと思うからだ。
 そんな円城塔の最新刊『文字渦』が、紙の本ならではの魅力に満ちあふれ、安易な電子化を拒むかのようなたたずまいを呈しているのは実に愉快。艶(つや)やかな黒インクで刷られたタイトル文字と、地の用紙の手ざわりの心地よい対比よ。これぞ紙の本でなければ味わえない快感だろう。
 頁(ページ)を繰れば、見たこともないような奇奇怪怪なフォルムをした漢字の大群や、ルビの氾濫(はんらん)/反乱に目を奪われる。
 とはいえ本書はいささかも難解ではなく、ひと言で表すなら、奇想横溢(おういつ)の漢字伝奇ロマン連作集といえようか。漢字発祥の地・中国の史実に拠(よ)る……と見せかけて、ひょいと虚実を反転させ時空を超越する手際は、本書の一源泉と目される「文字禍」の作者中島敦のそれを彷彿(ほうふつ)させるが(本書所収「新字」参照)、奇想の徹底と構想の気宇壮大さにおいて、「渦」は「禍」を凌駕(りょうが)しているとおぼしい。
 中華幻想譚(たん)の先達にして英文学翻訳家でもある南條竹則の大冊『英国怪談珠玉集』もまた、紙の本ならではの愉悦を堪能できる凄(すご)い造本だ。上製函(はこ)入り、表紙は金箔捺(きんぱくお)し、扉や目次は2色刷り……いやなにより嬉(うれ)しいのは、本書に収められた32篇(へん)の英国怪奇小説が、作品の出来といい達意の訳文といい、贅沢(ぜいたく)な造りの愛蔵版で熟読玩味するにふさわしい逸品揃(ぞろ)いなことだ。マッケン「N」、キップリング「『彼等』」、ボウエン「魔性の夫(つま)」……文学の極意は怪談であることを実証するハイクオリティーのアンソロジー。
 古き佳(よ)き怪談集に続いては最尖端(さいせんたん)の文芸ホラーを。ホラーの帝王キングを読んで文学に開眼したと語るアルゼンチンの気鋭エンリケスの短篇集には、飢えた屋敷やシリアルキラーから異次元の邪神やザシキワラシ(!)まで、嬉(うれ)しくなるようなモチーフが、ひりひりと突き刺さる感覚的文体で描かれる。ホラーの世界はとうにグローバル、地球の裏側から、藤野可織や田辺青蛙(せいあ)の恐怖姉妹、ここに見参!=朝日新聞2018年9月9日掲載