ZEN-LA-ROCKはヒップホップのいなたい部分を洗練されたアイデアで、ファッショナブルに見せてしまうアーティストだ。例えば、昨年発表したPV「DOUBLE ROCK HEAVEN feat.YOU THE ROCK★ & BTB & Bobby Bellwood」では、菅原文太の人気映画シリーズ「トラック野郎」のデコトラ・一番星号を登場させた。ヒップホップのビジュアルにはフェラーリやカウンタックなどの高級車や、ローライダー仕様に改造したアメ車が、成功のアイコンとしてしばしばフィーチャーされる。だがデコトラに目を付けたのは、おそらくZEN-LA-ROCKが初めてだ。彼のこの独特な感性は、どのようにしてうまれたのだろうか?
「俺は埼玉の西川口出身なんですが、中学から都内の私立校に通ってたんです。やっぱり東京の子たちはすごく進んでるんですよ。聴いてる音楽も、着てる服も、遊び方も。感性が地元と全然違う。俺は最初そういう感覚を全部吸収できなかったんです。お金もないし。それで、なんとなく夜中にラジオを聞いてたら、伊集院光さんの『オールナイトニッポン』でECDさんの『Hip Hop Game』がかかったんですよ。それがヒップホップとの出会いですね。でも衝撃的な出会いというよりは、『日本語のラップってこういう感じなんだ』ってくらい。同時期に友達から借りたCDの中にPUBLIC ENEMYの3枚目(『Fear of a Black Planet』)があったりもして、俺は『バンドよりはこっちのほうがしっくりくるかな』って感じにはなってましたね。
それが90〜91年くらいかな。学校には渋谷や新宿出身のやつらも多くて、そういう人たちと友達になっていくうちに俺の脳みそも徐々に都会っぽくなっていきました。時代的にはバンドが流行ってたけど、周りにスケボーをやる流れも多かったから、ヒップホップもバンドもいろんな情報がフラットに入ってきたんですよ。その中で、俺はヒップホップの中でもメインストリームのものより、サブカルっぽい部分に惹かれていったんです。もしも俺が地元のやつらとだけ付き合ってたら、シンナーとか吸って頭おかしくなってたと思う(笑)」
バイト先にたまたまあったポール・オースターにハマる
そんなZEN-LA-ROCKが紹介してくれたのは、アメリカ文学を代表する作家ポール・オースターの『ムーン・パレス』。コロンビア大学の学生、マーコ・スタンリー・フォッグがあることをきっかけに自分のアイデンティティを探す青春小説だ。
「読売新聞で校閲のバイトをしてた時にこの本と出会いました。そのバイトはとにかく待ち時間が多かったんです。それで携帯とか見てると注意されるけど、なぜか読書はオッケーで。あまりにも暇だったので、校閲室に置いてあったこの『ムーン・パレス』をなんとなく読み始めました。実家は古本屋なんですが、俺自身は一切本を読まないんですよ。マンガは大好きでしたけどね。すぎむらしんいちとか。でもこの『ムーン・パレス』はすいすい読めたんですよ。物語もさることながら、柴田(元幸)さんが翻訳した日本語はすごくて。日常の何気無い瞬間をものすごくロマンチックに表現するんですよ。こんな日本語があるのか、と衝撃を受けました。
そこからポール・オースターの本を全部読んで、気になる日本語はすべてノートに書き留めました。そういうことは滅多にしないんですけどね。2009年に作った『THE NIGHT OF ART』というアルバムの歌詞は、そのノートからインスピレーションを受けて書いてます。そのまま使った部分はないけど、自分なりにいろいろ組み合わせたり、再構築したり。中でも一番抜き書きが多かったのは、この『ムーン・パレス』です。とはいえ2〜3回は読んでるけど、内容はいまだに頭に入ってこない(笑)。でも読めちゃうし、面白いのが不思議。柴田さんの日本語がすごいんだと思う。彼が翻訳してるほかの作家の本も読んでみたけど、ポール・オースター、特にこの『ムーン・パレス』と柴田さんの翻訳の合致具合は神がかってるように思えます」
次に紹介してくれたのは山田太一の『丘の上の向日葵』。1993年にTBS系列で放送された同名ドラマの原作でもある。
「本当は『異人たちとの夏』を持って来たかったんですよ。でも部屋になかったので、似た雰囲気のこっちを持って来ました。俺は友達に薦めれられた本を読むことが多いんですよ。山田太一さんも誰かに教えてもらってハマりました。この『丘の上の向日葵』は平凡な何の変哲もないサラリーマンと謎めいた女性のお話です。ちょっとオカルトチックなストーリーなんだけど、むしろ読後感はリアリティのほうが強いんですよ。不思議なのにファンタジーすぎない。『そういうこともあるよな』って共感できちゃうというか。そこが面白かった」
「成りあがり」はすべてのラッパーに読んでもらいたい
オカルト、という単語を聞いてSFには興味がないのかが気になった。なぜならZEN-LA-ROCKが影響を受けたと公言しているラッパー&グラフィティライターのRAMM:ΣLL:ZΣΣ(ラメルジー)は、SUN-RAやGEORGE CLINTONに代表されるアフロ・フューチャリズムを独自解釈した作品を発表していたからだ。アフロ・フューチャリズムは、今年話題になった映画「ブラックパンサー」でも大々的にフィーチャーされている。
「一応SFみたいな本も読んでみたけど、難しすぎて全然理解できませんでしたね。RAMM:ΣLL:ZΣΣに関しては、そういう難しいことではなく、単にカッコいいと思ったから好きになったんですよ。若い子が(アメリカ・Billboardチャートの)TOP40に入るラッパーをカッコいいと思ったのと同じ感覚。俺はいろいろ調べていくなかで、たまたまオールドスクールのヒップホップと出会ってRAMM:ΣLL:ZΣΣが好きになった。ただそれだけなんです。俺が表現したいのは、ヒップホップの楽しいパーティ感。それを自分なりに伝えたくて、ずっと活動しているんです。『ヒップホップ=不良』みたいなイメージが強いけど、俺は全然不良じゃなくても良いと思ってますね。誰もがライブで自分の生い立ちを歌う必要もない。とはいえ、大好きなRAMM:ΣLL:ZΣΣはド不良だと思います(笑)」
なるほど。彼がこれまで発表してきた作品には、どれもワクワクするような仕掛けがあった。ロマンチックで、ファッショナブルで、たまにセクシー。そのアイデアはいつもフレッシュだった。ZEN-LA-ROCKのスタンスの一端が少しだけわかったような気がした。その流れで、ZEN-LA-ROCKは矢沢永吉『成りあがり How to be BIG』を紹介してくれた。世代や職種を超えて支持される矢沢永吉の半自伝な一冊だ。
「話を盛りまくった『ヤザワです!』みたいな芸能本かと思ってたんだけど、実際読んでみたら全然違った。ちょっとヒップホップムービーっぽいストーリーなんですよ。やんちゃな若者がグループを結成するけど、メンバー間で問題が起きたり、レコード会社といざこざがあったり。あとアーティストが自分の価値を守ることについても書かれてて、俺もマネージメントは自分でやってるから、ちょっとビジネス書のようにも読めました。俺とは規模が違うけど、業界あるあるというか、いろんなところで共感できました。ラッパーは全員読んだほうがいいと思う」
そして最後にZEN-LA-ROCKは今回の選書のテーマについて話し出した。それは「FNCY(ファンシー)」だという。FNCYは先ごろZEN-LA-ROCKが、シンガーソングライターのG.RINA、ラッパーの鎮座DOPENESSとともに結成した新グループ。ただ、この3冊を串刺しにするテーマになっているとは思えなかった。特に『成りあがり』が。
「日本でファンシーというと、キティちゃんとかサンリオをイメージする人が多い。だけど“FANCY”という英単語の意味は、『空想』『幻想』『上質』とかなんです。その括りでいくと、俺の中では『成りあがり』もファンシーっちゃファンシーなんですよ(笑)。
FNCYを結成するきっかけになったのは、去年リリースしたアルバム『HEAVEN』の収録曲『SEVENTH HEAVEN feat.鎮座DOPENESS & G.RINA』です。この曲の反響はこれまでキャリアで経験したことがないくらいが大きかった。ツアーでもみんな一緒に歌ってくれたし、俺と、鎮座DOPENESS、G.RINAの3人でライブしてほしいというオファーもすごく多くて。だから3人でユニットを組んだら面白いかもなって漠然と感じてたんです。でも2人にはそれぞれの活動があるし、ある程度ちゃんとした形になる状態にしないと失礼だなとも思ってて。そしたら、別の仕事を通じて知り合ったキングレコードの人に、自分のアイデアを話してみたら乗ってくれたので正式に2人にお願いしたんです。それでFNCYが生まれました。
俺は昔からずっと作りたいものだけを作ってる。ただ毎回すごく考えてますよ。例えば、いなたいものをいなたいまま見せてもしょうがないから。自分なりのアイデアをプラスしてかっこよくする。ずっと自分のお金でやってたから、自然と工夫するようになったんですよ」
FNCYは8月31日に新曲「silky」をリリースしたばかり。PVは映画「バンコクナイツ」で撮影を担当したスタジオ石が制作した。今回選んでくれた『ムーン・パレス』『丘の上の向日葵』『成りあがり』とともにこちらもチェックしてもらいたい。