1. HOME
  2. インタビュー
  3. 新作映画、もっと楽しむ
  4. 歴史小説150冊を読んで見つけた原作本 「散り椿」監督・木村大作さん

歴史小説150冊を読んで見つけた原作本 「散り椿」監督・木村大作さん

©2018「散り椿」製作委員会

「山三部作」をあきらめ、たどりついた時代劇

 「山三部作をやる意思もあったんですよ!」。映画業界で「怒鳴る」と評判の大きな声を響かせて、木村さんが言う。実は、映画監督3作目は加藤文太郎の生涯を描いた新田次郎の『孤高の人』にしようと思っていた。ロケハンを済ませ、スポンサーも配給会社も決まっていたが、最後に自ら下した判断は「あきらめる」。同作の舞台は冬の槍ケ岳。撮影を決行するには危険すぎた。

 撮りたかったのは「徒労に耐えて、無駄とも思えることを一生懸命やる」人の姿だ。山を舞台にした物語にはそれがあったが、舞台セットに頼らず「本物の場所」で撮ろうとすると、スタッフや出演者を危険にさらすことになりかねなかった。かといって、ほかの現代劇には表現したいヒューマニズムが見いだせない。迷った末に木村さんがたどり着いたのは、時代劇。「失敗したら切腹する」武士の覚悟に、自分の映画にかける覚悟を重ねた。

 寝る間を惜しんで原作を探し、半年で読んだ歴史小説は150冊におよぶ。藤沢周平も司馬遼太郎も山本周五郎も池波正太郎も手に取ったが、人気があって有名な本はすでに映像化されており、「そういう本は読むのがバカバカしい!」と「誰もつばを付けていなそうな」作品を選んでいった。

 「僕ね、『風』っていう言葉も好きだし、『道』も『気』も好きなんですよ。だからそういう字が入ってるタイトルを最初に見るよね。それでチラチラッとあらすじを読んで、じゃあこれ買って帰ろうって本屋で決めるんです」。そうやって注目したのが、このごろ人気の時代小説家・伊東潤と、歴史小説家・葉室麟。伊東の作品は、「直木賞もとれる!」と思えるほどおもしろかった。でも映画としての可能性を感じたのは葉室の『川あかり』。藩で一番の臆病者が家老の暗殺を命じられるという物語の魅力はもちろん、読み進めるうちに撮影にふさわしいロケ地が浮かび、配給会社が納得しそうな制作費も計算できた。

 「自分でもすばらしいと思うんだけど、本を読んでいるとそういうのがフワフワと出てくるんだよ。僕はキャメラマンとしてぜんぶの都道府県を2回ずつは行ってるからね。人の台本を読んでも、いくらで作れるかが分かる(笑)。映画界に入って60年で身についた特殊な才能なんだけどね」。ただ『川あかり』は、気弱な主人公のイメージにぴったりくる俳優だけが見当たらない。そんなとき、同じく葉室の『散り椿』に出会った。 

©2018「散り椿」製作委員会
©2018「散り椿」製作委員会

黒澤明に迫る意気込みで臨んだ「散り椿」

 藩の不正を訴えたために離藩の憂き目にあった男が、亡き妻の最期の願いをかなえるために故郷に戻り、過去の不正事件の真相を追っていく。妻を巡るかつての恋敵との対決もあって、木村さんいわく「合戦ものと、城内のごたごた」に大別される歴史小説の中で唯一「ラブ」の要素を見つけた作品。さらに「ひとは大切に思うものに出会えれば、それだけで幸せだと思うております」という主人公のせりふに、「神」とあおぐ黒澤明の姿が浮かんだ。

 高校卒業後に入社した東宝で撮影助手になると、最初の仕事が黒澤の「隠し砦の三悪人」(1958年)だった。「僕もスタッフに怒鳴るので有名だけど、黒澤明は僕の100倍くらい怖かったからね。撮影現場に入ってくるだけで、緊張感で脂汗が出たくらい」。それでも黒澤の「映画でしか撮れない美しいものを撮りたい」という信念、そのために何億というお金を集めて、宿場町ならば「本物の」宿場町のセットを作ってしまう大胆さ、「椿三十郎」や「赤ひげ」ら登場人物の心の美しさまで写し取ってしまう手腕にあこがれていった。

©2018「散り椿」製作委員会
©2018「散り椿」製作委員会

 映画「散り椿」には、そんな黒澤明に迫る意気込みで臨んだ。「このシーンを撮る時、黒澤明だったらどう考えるか」「いや、まねじゃなく自分はどうしたいのか」と自問自答しながら、1カットずつカメラを回す。不器用ながらも誠実に生きる主人公・瓜生新兵衛は、高倉健の後継者と目する岡田准一さんに託した。「美しい時代劇を撮りきった」という木村さんに黒澤の背中は見えてきたか、と聞くと「まだまだ」と即答したが、「(試写会の)評判がいいんだよね。時代劇がツボに入ったのかも」と自信をのぞかせる。

 いつか、黒澤のように原作を離れてオリジナルの作品を撮ってみたい、とも思っている。頭の中にはすでにサハラ砂漠を舞台にした構想があるが、「壮大すぎてお金がかかるから、誰も耳を貸してくれない」と笑う。「監督としてあと3本は大ヒットを飛ばさないとね!」。今年79歳、映画への情熱はまだ終わらない。