1. HOME
  2. インタビュー
  3. 名画に「主婦あるある」が絶妙にマッチ 田中久美子さん監修「#名画で学ぶ主婦業」

名画に「主婦あるある」が絶妙にマッチ 田中久美子さん監修「#名画で学ぶ主婦業」

「吾輩はたぶん猫」(@wagahai2016)さんの投稿より。「#名画で学ぶ主婦業」のハッシュタグはここから始まった

名画となぜかリンクする「主婦の心の叫び」

――Twitterでバズっているのをまさにリアルタイムで見ていまして、名画と「主婦業あるある」のリンクっぷりに爆笑しました。監修の田中先生はこのハッシュタグが盛り上がっていたのはご存知でしたか?

田中久美子さん(以下、敬称略)監修のお話をいただいてから、息子にTwitterを見せてもらって……最初は皆さんがこんなに自由に絵画を観ていることに、驚きましたよね。美術の専門家には浮かばない発想ですから。でも、じっくり見ていると笑いとともに「そうそう、あるわよね〜」っていう共感も湧いてきて。今までにない切り口が斬新で面白いと思いましたが、同時に真面目な美術愛好家や専門家の方々から叱られないかしら? と、ちょっと心配にもなりました(笑)。

薗部真一さん(以下、敬称略)田中先生とは以前『別冊宝島1827 西洋美術で読み解くキリスト教』(宝島社)などでお仕事をご一緒したことがありまして、今回も監修者としてすぐに思い浮かんだんです。最初にご相談したとき、実は「断られたらどうしよう」と思っていたんですけど、「面白いわね」と笑ってくださってホッとしました。

左から宝島社の川口貴子さん、文星芸術大学教授の田中久美子さん、宝島社の薗部真一さん

――Twitterでは今も投稿され続けていますが、どれも笑える「名作」ばかり。書籍では厳選された56点が紹介されています。

川口貴子さん(以下、敬称略)リツイート数や「いいね」の数を参考にして、人気のあるものを選びました。あとは編集部で候補を並べてみて、面白いと思うものに投票してもらったりしましたね。絞りに絞った56点です。

田中:不思議なんですけど、選考して残ったものは時代ごとの「絶対に外せない名画」なんですよね。美術の専門家とは発想が違うけれど、Twitterに投稿した方々も鋭い眼差しで絵画を読み取っているなという印象があります。「名画の力」を改めて感じました。

読めば自然に「美術史」が分かる

――第一章「主婦は神と戯れる」では宗教画、第二章「語り継がれし主婦たち」では神話画、第三章「主婦は時代とともに」では歴史画、第四章、第五章では肖像画、風俗画や寓意画……など、読み進めていけば美術の系譜が緩やかに分かるような構成になっています。

薗部:「この本を入り口にして美術の世界を楽しんでほしい」というのが最終的な目標です。そうするとやはり美術史のカテゴリーで分けていったほうが分かりやすい。田中先生にご相談して、こういう構成になりました。

田中:章ごとに切り分けられている「宗教画」「神話画」「歴史画」「肖像画」「風俗画」「寓意画」は、美術史の中でのジャンルですね。取り上げられている名画は時代も国もバラバラなんですが、こうして並べてみると計らずもバランスよく、各時代のものが出てきています。

「色彩の魔術師」ティツィアーノの名作。恍惚としたマグダラのマリアの表情がなぜか家事に忙殺される主婦の姿に重なる

――特に宗教画、神話画が多いですね。「聖母マリア」「マグダラのマリア」もよく出てきますね。私は「何しに2階に来たんだっけ」が好きです(笑)。

田中:ティツィアーノの「懺悔する聖マグダラのマリア」(1530〜1535年/ピッティ美術館)ですね。最初に見たときはびっくりしましたけど、2階に来てはみたものの用事を忘れちゃう、なんてことは私にもあるなーと思いました(笑)。母親として妻としてというテーマから考えると、聖母マリアやマグダラのマリアが登場する宗教画や、男女のお話が多い神話画が多くなるのは、必然的なところがありますよね。

薗部:バランスよく、時代ごとの名画で構成されていますが、やはり宗教画や神話画の比率は多いですね。

田中:日本人は印象派がとても好きなんだけど、なぜか「#名画で学ぶ主婦業」では印象派の絵画は少ないですね。「疲れた主婦」とか「激情に駆られる主婦」のような細かな表情の表現は、印象派の絵画では見つけづらいのかもしれない。20世紀以降のものだと、グラント・ウッドの「平日8時半、インターホンが鳴りドアスコープを覗いたら義父母」(『アメリカン・ゴシック』/1930年/シカゴ美術館)とか、フランシス・ベーコンの「洗濯機から洗濯物を取り出そうとしたとき、盛大なるティッシュペーパーの紙吹雪に出逢った瞬間」(『頭部Ⅳ』/1949年/アーツ・カウンシル)などは、とても面白いと思います。

――田中先生が一番好きな作品はどれでしょう?

田中:どれも良くて一番ってなかなか選べないんですけど、イワン・クラムスコイの「私もう去年役員やったから」(『見知らぬ女』/1883年/トレチャコフ美術館)。実物が東京に来たときに観に行ったんですが、すごく好きな絵の一つなんですよ。帝政ロシア末期の作品で、とても高貴なんだけど運命に翻弄される女性、というイメージ。『アンナ・カレーニナ』を思い浮かべます。それが、「私もう去年役員やったから」っていうキャプションが付くと、なぜかPTAのお母さんに見えちゃうっていう。ギャップのおかしさですよね。

謎めいたファム・ファタルがPTAママに見えてくる

読者と双方向のコミュニケーションができる美術鑑賞本

――8月27日、「もうすぐ夏休みが終わるー!」という主婦たちの歓喜の声が聞こえてきそうなタイミングで、書籍が発売されました。反響はいかがですか。

川口:Twitterでは「やっと本になった」「待ちに待ってた!」という感想が多かったです。書籍化するにあたって、投稿してくださった方々に掲載の許諾を取るためご連絡したんですが、そのやり取りも楽しかったですね。「本になるんだ!」という話題でまた盛り上がってくださいました。

薗部:そういう本作りのプロセスもSNS発ならではだと思います。Twitterの「お祭り」に参加している方々を巻き込んで、皆さんと一緒に本を作り上げたという感覚がありますね。

田中:学芸員が作り上げたストーリーに沿って「こう鑑賞してくださいね」と展示するのが美術館の展覧会。ある意味、一方的なものなんです。ところが、「#名画で学ぶ主婦業」では、それが「逆転」している。絵画を鑑賞するということに関して、今までにないアプローチだと思います。

薗部:「観る側」からの発信というところが新しいかもしれないですね。

田中:読書だって普通は書き手から読み手への一方向のものですけど、この本は双方向のコミュニケーションになっている点が面白いと思います。これをきっかけに、美術にもっと深く親しんでほしいという思いももちろんありますが、とにかく楽しんで読んでもらえるとうれしいですね。

「この本が楽しく美術の歴史や背景に触れるきっかけになれば」と語る田中久美子教授