2冊の本を違う出版社から同時に出した。若手としては異例の大型個展を開いたり、人気バンドの音楽ジャケットを手がけたりと注目を集める写真家。2冊に挿入された逆光の写真からは幻想的な世界が、もうすぐ3歳になる息子と妻の写真からは命の力強さが伝わってくる。
生まれつき耳が聞こえず、物心がついたころには補聴器をつけ、母に連れられ発音訓練に通った。「さ行」が苦手でいつも怒られたから「すみません」より「ごめん」、「うれしい」より「よかった」と言葉を選んだ。普通校の小学校では「タッカー? アッカー? あ、サッカーだね」と友達に発音をからかわれるから、わからなくても愛想笑いでごまかして、言いたいことや聞きたいことを心に閉じ込めるようになった。孤独と絶望の小中学校時代だった。
しかし、高校からろう学校に進学し、手話を覚え、発音を気にせず思いのままに手話で気持ちが伝えられることで「命が救われた」と言う。やがて20歳の誕生日に補聴器をはずすことを決断する。「補聴器をつけている時は自分じゃないものに支配されているようだった。はずして『自分の体に戻れた』納得感があった」と語る。
手話は目で見てわかる「声」だという。手話によって自由になった好奇心は、障害者プロレスへのデビュー(ちなみにリングネームは「陽ノ道(ひのみち)」)や、写真家の道へとつながり、これら全部が「声」となって世界は広がっている。その足どりをつづったのが『声めぐり』だ。
我が子とのふれあいも大きな「声」となる。子の成長に驚く日々は、父親としての愛情あふれる写真とともに『異なり記念日』に記されている。「補聴器をはずして音がなくなっても、目に見えている世界は、とてもにぎやかで、音がある時より親しみ深くなった」と語る。音がない分、被写体へのまなざしや感性がいっそう研ぎ澄まされ写真に表れるのだろうか。
息子は耳が聞こえて、音楽の楽しさを伝えようとするが、著者にはわからない。親子でも、お互い「異なる」から、なお「声」が大切、と伝わってくる。(文・久田貴志子 写真・横関一浩)=朝日新聞2018年10月13日掲載
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