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ダメと言われると押したくなる「魅惑のボタン」 「ぜったいにおしちゃダメ?」編集・橋本圭右さん

文:澤田聡子、写真:斉藤順子

「最初の読者」の反応が「ヤバいっす!」

――「このえほんには1つだけルールがあるよ/それは、このボタンをおしちゃダメということ」。物語は不思議なモンスター、「ラリー」の宣言から始まる。誘惑に負けてついついボタンを押すと……? 「押しちゃダメと言われると押したくなる」心理を巧みに突いてヒットした本書は、アメリカでは33万部のベストセラー。日本でも昨年8月に翻訳出版されてから、口コミで人気に火が付き、1年足らずで27万部と本国の売り上げに迫る勢いだ。

 主人公はモンスターのラリー。日本の絵本にはあまり出てこないタイプのユニークなキャラクターですよね。原作者のビル・コッターさんは美大を出てから、ニューヨークでアートと音楽を未就学児に教えていたというキャリアの持ち主で、ラリーは教師時代に考えついたキャラクターだそう。自分のアート作品をスクールの子どもたちに見せていたんですが、写実的な作品はウケがイマイチ。それならとシンプルな線でグラフィカルに描いた「ラリー」が子どもたちの心をつかんだそうです。好奇心旺盛でイタズラ好きなラリーの性格は、スクールで教えていた子どもたちをモデルにしたと聞きました。

 

「おしちゃいなよ」としつこく読者を誘うラリー。誘惑に負け、ボタンを押すとラリーの体に思わぬ変化が……
「おしちゃいなよ」としつこく読者を誘うラリー。誘惑に負け、ボタンを押すとラリーの体に思わぬ変化が……

――実用書やビジネス書などを主に手掛けてきたサンクチュアリ出版では、児童書の翻訳出版は初の試みだという。

 ロンドンのブックフェアから、副社長がたまたま原書を持ち帰ってきたのがことの始まり。「ライムグリーンの表紙に紫色のモンスター」という色の組み合わせに驚いて、「いかにもアメリカっぽいなあ、日本の読者に受けるだろうか」というのが第一印象でした。いつかは絵本を翻訳出版してみたいとは思っていましたけど、児童書の世界ってずっと読み継がれてきた「レジェンドたち」の壁が厚くて。最初はおっかなびっくり、「いい機会だからやってみようか」くらいの感じでスタートしたんです。

 まず原書に簡単な訳文を付けたものを3歳の子どもがいるスタッフに渡し、自宅で読み聞かせをしてもらいました。翌日、反応を聞いたら「あの本ヤバいっす!」と大興奮。めちゃめちゃウケたんだそうです。この「最初の読者」の反応が悪かったら、この本は出てなかったかもしれない(笑)。

 次のステップとしてパイロット版を作って、親子モニターに300部くらい配って感想を聞いてみたんですね。そうすると、アンケートでは約9割のお子さんが大笑いして気に入ってくれたという結果が出ました。カリスマ保育士の「てぃ先生」にお願いして読み聞かせのイベントを開催したんですけど、そのときも大盛り上がり。子どもたちの反応を生で見て、「こんなにウケるんだ!」って、自分の目が信じられなかったですね。

 

『ぜったいにおしちゃダメ?』の原作『DON’T PUSH THE BUTTON!』
『ぜったいにおしちゃダメ?』の原作『DON’T PUSH THE BUTTON!』

何十回も飽きずに読めるノウハウを詰め込んだ

――緑に紫とポップな色使いの原作に比べ、日本版の表紙は真っ白な背景の中央に赤いボタンを配したミステリアスなデザインが印象的だ。

 表紙は「思わず手に取ってしまいたくなる」ように工夫しています。日本人に馴染みのある白地に赤の日の丸カラーにして、主役のラリーは登場させず極力シンプルに。原題は『DON’T PUSH THE BUTTON!』、直訳すると「ボタンを押さないで!」なんですが、邦題にはあえて「ボタン」という単語は使いませんでした。『ぜったいにおしちゃダメ?』という疑問形にして、「何を押しちゃダメなんだろう?」と読者の興味を引く“余白”を作りたかったんです。

 翻訳は私が担当したんですが、モニター調査での声を参考にかなり試行錯誤しました。例えば「Push it twice!」という原文を単にそのまま「2回押して!」と訳したのでは、いつボタンを押せばいいか分からない。日本語版では「いーち!にー!」と赤い文字で強調して、押すタイミングをフォローしています。判型も小さめにして読み聞かせしやすいように。「何十回も飽きずに読めるようなコストパフォーマンスのいい絵本を作りたい」という思いから、実用書で培ってきたノウハウとアイデアをすべて詰め込みました。

 

原作と日本版。翻訳は親子モニターの反応を見ながら試行錯誤した
原作と日本版。翻訳は親子モニターの反応を見ながら試行錯誤した

――『ぜったいにおしちゃダメ?』のような絵本は「参加型絵本」と呼ばれ、読み手と聞き手が相互にコミュニケーションできる楽しさがある。「子どもが飽きずに絵本に集中してくれる」と、ここ数年人気が高まっている。

 原作者のビル・コッターさんは、授業で様々な絵本を読み聞かせていくうちに、子どもたちが「退屈するタイプの絵本」がよーく分かったんだそうです。絵本を制作するときは「これって面白いかな?」と常に自問自答して、とにかく「子どもたちが大笑いしてくれる」ということを一番大切にしているそう。作者の言う通り、子どもの反応をダイレクトに感じられるのがこういう「参加型絵本」のいいところですよね。子どものリアクション動画を「この絵本、すごくウケた!」と、Instagramに投稿してくれる親御さんもいて、口コミ的に人気が広がっていった感じです。「インスタ映え」したんでしょうか……(笑)。

 今の時代、絵本にとってのライバルは、スマホとテレビ。でも、せっかく親子で一緒に過ごすひとときは、YouTubeじゃなくて絵本を読みたいですよね。『ぜったいにおしちゃダメ?』はそうした今どきの子どもたちも、釘付けにする面白さがある。「続編は出ないの?」という声に応えて、第二弾の『ぜったいにさわっちゃダメ?』(タイトル仮)は、来年1月の出版を予定しています。