第54回谷崎潤一郎賞と第13回中央公論文芸賞(いずれも中央公論新社主催)の贈呈式が9日、東京都内であった。谷崎賞は星野智幸さんの『焰(ほのお)』(新潮社)に、中公文芸賞は朝井まかてさんの『雲上雲下』(徳間書店)に贈られた。
星野さんは受賞のあいさつで、LGBTをめぐる企画で批判を受け休刊した「新潮45」の問題をとりあげ、「出版業界が差別の感覚に疎くなっている」「差別的な言葉が社会を動かしつつある現実を、文学はないがしろにしてきたのではないか」と語った。
受賞作『焰』は憎悪や差別の言葉を物語に意識的に採り入れた連作短編集で、「私たちの生きる社会を覆ってゆく憎悪には与(くみ)しない、憎悪に巻き込まれないための拒絶」という作品。「にもかかわらず、まさにその憎悪が新潮社の雑誌を乗っ取ってしまった」
植物の毒が薬にもなることになぞらえて、「文学は猛毒を薬に変えて差し出す表現。毒の力を持ちながら、薬として使うのがメディアであり、作家はその調合を心得た専門家。作家は何が言葉の暴力で、何が表現の自由かを知っておかねばいけない」と語り、「文芸、出版の業界全体でヘイトと表現の自由について一緒に考えていくことを願っている。僕自身も毒があふれる今の社会で、時代にふさわしい自分の文学を作っていく」としめくくった。
一方、朝井さんの受賞作『雲上雲下』は日本の民話を題材としている。視点人物は、深山(みやま)に生える「草どん」。子狐(こぎつね)や山姥(やまんば)にお話を伝えるなか、いろんな民話の主人公が現れ、豊かな表情をみせるファンタジーだ。浅田次郎さんら選考委員4人の満場一致で受賞が決まったという。
「お話それ自体は日本の風土や社会のありように根ざしたものだが、それを語り継いできた人々の怒りや喜び、祈りは世界共通のもの」。朝井さんはそう話しつつも、「『雲上雲下』が日本以外の人に読まれたらどんな読み方をしてくれるかなあ、と思う。出版不況ではあるが、これを翻訳をしてやろう、という奇特な出版社がありましたら、どうぞご連絡を」とユーモアを込め、語りかけた。(中村真理子、木元健二)=朝日新聞2018年10月17日掲載
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