謎解きと恋愛、現代と過去が絡み合う
太宰治の最初の創作集『晩年』の初版本が長野で発見された、というニュースが10月半ばごろ流れてきた。さる文芸評論家に太宰本人が贈ったもので、直筆の献辞とともに「治」のサインがあるという。とっさに「いったいこの本いくらするんや……」と考えてしまったのは、『ビブリア古書堂の事件手帖』の影響にほかならない。
同作は、古書に秘められた謎を北鎌倉にある「ビブリア古書堂」の若き店主・篠川栞子が解き明かす、三上延さんのミステリー小説。江戸川乱歩からシェイクスピアまで、さまざまな作家のいわくつきの古書が出てくることで文芸ファンの心をくすぐり、シリーズ8作を数える人気作に。その「ビブリア」が、映画になる。黒木華さん演じる栞子と、彼女の店で働く五浦大輔(野村周平さん)の二人に降りかかる事件の発端はまさしく、『晩年』の初版本だ。
映画に登場する栞子は、祖父から受け継いだ『晩年』(小説では300万円とか)を何者かに狙われ、階段から突き落とされる。本は守ったものの、太宰の『道化の華』の主人公・大庭葉蔵をかたる犯人から執拗に『晩年』を渡すよう脅迫される。正体を暴こうと、栞子と大輔は動き出し――。結末はお楽しみとして、映画ではもう一つの物語が同時並行して描かれる。現代からさかのぼること50年、大輔の祖母・五浦絹子の若き日の「秘密の恋」だ。
自分の知らない世界を見せてくれる人にひかれる
「久しぶりに純愛ものをやったな、って思いました」。そう撮影を振り返るのは、絹子を演じた夏帆さん。「決して許される恋愛をするわけではないんですけど、自分の知らない、新しい世界を見せてくれる人にひかれていくところは共感して演じていました」
絹子は、夫と食堂を切り盛りする女性。常連客と夢中でテレビを見ているところに、作家を志す青年・田中嘉雄(東出昌大さん)がふらりとやってくる。かつ丼を注文した嘉雄が、グリーンピースがのっていることにひるむ様子を見て、絹子は目の前で箸を使って自分の手のひらにつまみ出し、パクっと口に入れてしまう。そんな屈託のない絹子に嘉雄はひかれていき、絹子の気持ちもまた嘉雄へと向かっていく。
絹子と嘉雄が心を通わせるきっかけになったのは、本だ。教科書でしか小説を読んだことがなかった絹子に嘉雄は次々と本を貸し、2人は感想を語り合う。そして嘉雄は「自分の気持ち」として夏目漱石の『それから』を手渡す。
「もともと言葉がうつくしい純文学が好きで、『それから』も読んでいたんですけど、撮影に入る前に改めて、絹子がどういう思いでこの小説を読んでいたのか想像しながら読みました」。『それから』は、主人公の「代助」が友人の妻を愛する物語。「嘉雄さんはこの本をどういう思いで、なぜ絹子にくれたのか。これは嘉雄さんからのラブレターなんです」とまっすぐな瞳で話す夏帆さんに、絹子が重なる。
絹子と嘉雄の恋はやがて大輔の出生の秘密へとつながり、『晩年』をめぐる事件とも関わっていく。「絹子が本を通してどんどん強くなっていく姿や、嘉雄さんへの思いを丁寧に演じて、(栞子と大輔の)現代パートにきちんとバトンを渡したいと思っていました。この作品は古書を通して人の思いを伝えていくのがテーマのひとつで、絹子の思いが本に乗っかって現代の人に伝わっていく、すてきな作品になったと思います」
本棚は自分の頭の中そのもの!?
作品を通して、古書の魅力に気づいたという夏帆さん。「新しい本と違って、古書って前の持ち主がいて、じゃあその人がなんでその本を手にとって、なんで手放したのか、っていうドラマがあるじゃないですか。巡り巡って自分の元にその本が来て、そこで何を感じるか。今回の作品もそういう話なんですが、ロマンがあるなあと」
ただ、自分が好きで繰り返し読んでいる小説は「気持ちが移っているような気がして、人の手に渡るのはどうなのかな?」と言う夏帆さんに、どんな本ですか?とタイトルを尋ねると、「なんか恥ずかしいですね! 私、友だちが遊びに来てもあんまり自分の本棚を見られたくないんです。なんか自分の頭をのぞかれているような気がして」とはにかむ。
好きな作家は「川上弘美さん」と教えてくれた。「短編も好きですし、長編の『夜の公園』とか『真鶴』とか好きで、新作が出たら必ず買って読んでいます。擬音に独特な表現があったり、ひらがなの使い方がすごくきれいなんです。読書って、違う世界に没頭できるじゃないですか。その時間がすごく好きなんです」
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