「ずっと子どもでいるのと大人でいるの、どっちがいい?」
以前、小説の中で登場人物たちにそんな問いをぶつけたことがある。彼女たちは悩みながらそれぞれ別の答えを口にしたのだが、私の答えは迷うこともなく決まっている。
「大人」だ。
それは、大人の方が自由だからとか実際に今が楽しいからというのもあるが、「子どもよりも大人の方が楽しいと発信する」と決めているからだ。
私がそんな発信を初めて明確に受け取ったのは高校生の頃、山田詠美さんの作品の中でだった。
そこで描かれているのは私のまったく知らない世界だった。見たことがない場所、聞いたことがない言葉、口にしたことがない食べ物――すべてがキラキラと輝いていて、世の中にはこんなに楽しく、美しく、胸が躍るようなものが存在するのかと心底驚いた。
そして、何とかしてその一端でも味わえないかと手を出したのが、セブンアップだった。セブンアップはレモン風味の炭酸水だ。『ベッドタイムアイズ』ではウイスキーをセブンアップで割る「セブン・アンド・セブン」として登場したのだが、当時まだ高校生だった私はせめてセブンアップだけでも、と探し求めるようになったのだ。
だが、近所のお店ではなかなか見つからなかった。ようやく見つけたのは、探し始めて数年が経った頃だ。旅先で友人とふらりと入ったコンビニエンスストアで目にした瞬間は、あまりの嬉(うれ)しさに「あったー!」と叫んでいた。
「何が?」と怪訝(けげん)な顔をした友人に「山田詠美さんの! セブンアップ!」と興奮を抑えきれずに答えて即座に購入し、待ちきれずに一足先に店を出てキャップを開けた。
プシュ、という小気味いい音、顔を近づけると漂ってくる爽やかなレモンの香り。五感を研ぎ澄ませて味わいたくて目を閉じてあおると、強い炭酸の刺激と甘さが口の中で躍った。
遅れて出てきた友人が「どうだった? そんなに美味(おい)しいの?」と言ってきたので、陶然としながら渡した。
「何だ、ただのサイダーじゃん」
がっかりしたように言われて、違うんだと反論したくなったものの、私の言葉でいくら説明したところでこの感動は伝えられないだろうし、そもそも伝える必要もないのだと思い、結局何も言わずにもう一口飲んだ。
また、全身にわくわくするような喜びが満ちる。
あのとき私が味わっていたのは、物語だったのだろう。そして、この世界にはまだまだ私の知らない楽しいことがたくさんある、人生はこれからいくらでも自由に楽しくなっていくのだと感じさせてくれる希望だったのだ。=朝日新聞2018年10月27日掲載
編集部一押し!
-
鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第42回) アトウッド、アン・カーソン ノーベル文学賞に値するカナダの双璧詩人 鴻巣友季子
-
-
インタビュー 月村了衛さん「機龍警察 漆黒社会」人型兵器・人身売買…闘う特捜部 貫く謎 朝日新聞文化部
-
-
イベント 第13回「料理レシピ本大賞 in Japan」表彰式レポート リュウジさんの“頑張りすぎない弁当”が料理部門大賞に 好書好日編集部
-
インタビュー バイオリニスト・廣津留すみれさん「音楽脳×勉強脳の使い方」インタビュー(前編) 続ける力も、変える柔軟さも大事 加賀直樹
-
インタビュー 「小さく暮らす─25m²のゆたかな生活─」大木奈ハル子さんインタビュー 85m²→50m²→30m²→25m² 夫婦と犬1匹 住み替えるたび満足度は向上 吉川明子
-
谷原書店 【谷原店長のオススメ】 坂上暁仁「神田ごくら町職人ばなし」 仕事に向き合う心意気を描ききる 谷原章介
-
トピック 【PR 光文社・創英社・みすず書房・ミネルヴァ書房】プレゼント 朝日新聞1面広告の本、好書好日メルマガ読者計20名様に
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
インタビュー 江國香織さん「外の世界の話を聞かせて」インタビュー 頭の風通し良く、気持ちさっぱり自由になって PR by 集英社
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版