プロローグ 手入れ #4
マローンは見張り番か、無線車の中で居眠りをしている深夜シフトの警官を探す。ある建物のドアのまえにひとり、見張り番が立っている。緑のバンダナに緑のナイキ、緑の靴ひもという恰好から、その男がドミニカ系ギャング〈トリニタリオ〉の一員であることがわかる。
マローンのチームはその夏ずっとその建物の二階にあるヘロイン工場を監視していた。ヘロインはメキシコ人によって、ニューヨーク市を仕切っているドミニカ人ディエゴ・ペーナのもとに届けられる。ペーナはそこで一キロの塊を一袋十ドルの“ダイム・バッグ”に小分けし、ドミニカ人のちんぴら、〈トリニタリオ〉、DDP(“ ドミニカ人は遊ばない”ルビ:ドミニカンズ・ドント・プレイ)に卸し、それが公営住宅に住む黒人とプエルトリコのギャングに行き渡る。
今夜、工場は丸々と肥(ふと)っている。
金で丸々と。
ヤクで丸々と。
「準備しろ」マローンはそう言って、腰のホルスターに差したSIGザウアーP226を点検する。ベレッタ8000Dミニ・クーガーは腰のうしろの窪みに、新品のセラミックプレートを埋め込んだヴェストのすぐ下にある。
マローンは手入れのときにはチーム全員にその防弾ヴェストをつけさせる。ビッグ・モンティはサイズが小さすぎると文句を言うが、マローンはそれにはこう答える、それでも棺桶ほど窮屈ではないはずだと。ビル・モンタギュー、またの名をビッグ・モンティは昔ながらのお巡りだ。形ばかりの小さなつばの左側に赤い羽根をあしらった中折れ帽を夏でもかぶっている。それが彼のトレードマークだ。暑さに対する対策としては、XXXLサイズのグアヤベラ・シャツをカーキのズボンの外に出して着ている。そして、火のついていない葉巻をいつも口にくわえている。
セラミックパウダーの弾丸(たま)を込めた、五十センチの銃身でポンプアクション、十二番径のモスバーグ590がフィル・ルッソの足元に置かれている。ルッソはイタリアンカットの先の細い、よく磨かれた革靴を履いており、その靴の色は彼の髪の色とマッチしている。ルッソはイタリア人には珍しい赤毛なのだ。マローンはそのことについてこんなジョークを言う――おまえの家系には公にできないアイルランド人がひとりいるんじゃないか。ルッソはそれにはこんな答を返す――それはありえない。だっておれはアル中じゃないし、
ちんぽこを虫眼鏡で探さなきゃならないようなこともないもの【注:アイルランド人には赤毛とアルコール依存症が多く、また俗に性的に未熟とされる】。
ビリー・オーことビリー・オニールはH&K・MP5サブマシンガンと大きな音だけがする閃光手榴弾ふたつとダクトテープをひと巻き持っている。ビリー・オーはチーム最年少だが、勘がよく、世故にも長け、動きも敏捷だ。
それになによりガッツがある。
マローンにはわかってる――ビリーは決して逃げない。恐怖に凍りつくようなこともない。必要とあらば、引き金を迷いなく引ける男だ。強いて言えば、その逆だ。早まりやすいところがビリーの欠点だ。ケネディ大統領のような見てくれのよさとアイルランド人気質の持ち主で、ケネディらしさはほかにもある。女が好きで、女も彼が好きだというところだ。
今日の手入れはきわどい手入れだ。
ヤバい手入れだ。