プロローグ 手入れ #8
ペーナはにやりとする。
洒落者のクソ野郎。着ているグレーの〈アルマーニ〉は二千ドルはするだろう。金の〈オーデマ・ピゲ〉の腕時計はその五倍はするだろう。
マローンがその時計を見たのに気づいてペーナは言う。「これはあんたのだ。あと三個持ってるんだよ」
ピットブルが狂ったように吠えている。つないだ鎖がぴんと張っている。
マローンはヘロインを見ている。
黒いビニール袋に真空包装されて積まれている。
市(まち)を何週間もハイにしておくのに充分な量だ。
「数える手間を省いてやるよ」とペーナは言う。「ちょうど百キロだ。メキシコのシナモン・ヘロイン――〈ダークホース〉――純度は六十パーセント。キロ十万ドルで売れる。あんたが今見てるキャッシュはざっと五百万といったところだ。ヤクもキャッシュもやるよ。おれはドミニカ行きの飛行機に乗って、それでおれたちはもう二度と会わない。考えてみてくれ。ちょいと背中を向けるだけで、千五百万稼げる機会が次にいつ訪れるか」
それでおれたちはみな今夜家に無事に帰れる。マローンはそう思いながら言う。
「銃を出すんだ。ゆっくりとな」
ペーナは言われたとおりゆっくりとジャケットの中に手を伸ばす。
マローンはペーナの胸に二発撃ち込む。
ビリー・オーがしゃがんでヘロインの一キロの塊を取り上げ、ナイフで封を切ると、小さなガラス瓶をその中に突っ込んで、少量のヘロインを付着させる。そして、ポケットから取り出したビニールの小袋の中にガラス瓶を入れると、袋の中に入れたままガラス瓶を割る。そして、色が変わるのを待つ。
ヘロインが紫に変わる。
にやりとしてビリーが言う。「おれたちは大金持ちだ!」
マローンはビリーに命じる。「急げ」
乾いた金属音が聞こえ、鎖を引きちぎったピットブルがマローンに向かって突進してくる。ビリーが仰向けにひっくり返り、その拍子に一キロのヘロインの塊が宙に飛ぶ。ヘロインがキノコ雲のように広がり、それが雪のようにビリーの傷口に降り注ぐ。
銃が一発撃たれ、モンティが犬を殺す。
しかし、ビリーは床に倒れたまま動かない。その体が硬直し、すぐに脚が痙攣しはじめる。ヘロインが大量に血管を駆けめぐると、その痙攣は制御不能になる。
足が激しく床を蹴る。
マローンはそんなビリーのそばに膝をつき、腕に抱いて叫ぶ。
「ビリー、駄目だ! がんばるんだ!」
ビリーはうつろな眼でマローンを見上げる。
顔が真っ白になっている。
バネが弾けるようにビリーの背骨が曲がる。
ビリーはそうしてこと切れる。
ふざけたビリー、若くてイケメンのビリー・オーは、すでに数年後の彼ほどにも歳を取ってしまっている。
マローンは心臓に痛みを覚える。何かが破裂したような鈍い感覚に襲われ、最初、彼は撃たれたのかと思う。が、傷はどこにもない。破裂したのはおれの頭だ。マローンはそう思い直す。
そして思い出す。
今日が独立記念日だったことを。
(第一部 ホワイト・クリスマス へつづく)
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