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歴史が舞台、現代に警鐘 文芸評論家・末國善己

  • 芦辺拓『新・二都物語』(文芸春秋)
  • 月村了衛『東京輪舞』(小学館)
  • オリヴィエ・ゲーズ『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』(高橋啓訳、東京創元社)

 本格ミステリー作家の芦辺拓だが、『新・二都物語』では謎解き要素を封印し、2人の男の人生が交錯するスリリングな物語を紡いでいる。
 関東大震災の混乱にまぎれて別人に成り代わった柾木謙吉は、イギリスに渡る。一方、大阪の銀行家の息子・水町祥太郎は、家業が傾き映画界に入った。やがて帰国した謙吉は、映画の検閲に携わる。
 映画を自由に作りたい祥太郎、映画の統制に反対する謙吉だが、その前に映画を国民教化の手段にしたい黒幕が立ちはだかる。虚実の皮膜を自在に操り、日本から戦時下の大陸へと舞台を移す波乱に満ちた展開の中に、表現規制の問題を織り込んだところに、作家の危機感がうかがえる。
 月村了衛『東京輪舞(ロンド)』は、戦後史を騒がせた大事件の裏に切り込む警察小説である。
 海外のスパイと戦う警視庁公安部外事一課に配属された砂田は、ロッキード事件を皮切りに、東芝のココム違反、地下鉄サリン事件、国松長官狙撃事件などにかかわる。
 なぜ日本政府は東芝の不正への対応が遅れたのかなど、重大事件の不可解な部分を掘り起こす月村は、徹底した取材で、これらの謎に合理的な解釈を与えており、本書で描かれたことが真相ではと思わせるリアリティーがある。
 だが公安部は、ソ連崩壊後に出現した新たな脅威に対応できず、問題点を指摘した砂田は左遷される。成功体験に固執した公安部が、時代に取り残されていく後半は、長い低迷を経験した日本の象徴のようでせつなく感じられる。
 アウシュビッツ強制収容所で、ユダヤ人を使ったおぞましい人体実験を行った医師メンゲレは、戦後、南米に逃れた。オリヴィエ・ゲーズ『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』は、メンゲレの逃亡生活を、膨大な資料を使い再現したノンフィクション小説である。
 メンゲレら南米に渡ったナチス残党は、個人が国家に忠誠を誓うファシズムも、優生思想に基づくユダヤ人虐殺も正当だったと主張し続ける。
 ゲーズは、戦争の悲劇が忘却され、民族の自尊心をくすぐる思想が広まれば、再びメンゲレ的な悪が台頭するという。歴史修正主義と自国礼賛の声が強くなっている現代を生きる日本人は、この警鐘と真摯(しんし)に向き合う必要がある。=朝日新聞2018年11月11日掲載