米国の中間選挙が終わった。米中の関税戦争もどこかで手打ちをするのではとの楽観的な予想もあるが、落としどころが見えない。上院・下院のねじれ議会となり、ホワイトハウスが相当程度自由に動けるのは、外交・安全保障・貿易となる。さらに目先の人気取り政策を推し進めていく可能性が高い。
改めて『ルポ トランプ王国』を読み返してみる。綿密なインタビューを通じ、素顔の米国人が見えてくる。思わず共感しつつも、我々は何が問題の根源なのかを考えていかねばならない。
彼らの苦境は結局、産業調整、企業の参入・退出、人々の仕事の再配置が遅れているところに根本的原因がある。これまで米国経済は、労働再配置が極めて速い効率的な経済とされてきた。仕事がうまく行かなければ別の町に移る、それが当たり前のことだった。
米国でさえ問題が生じてきたのは、技術進歩やグローバリゼーションの進行が速すぎるのか、それとも政策が悪いのか。米国に限らず、不公平感をあおって社会に分断をもたらすのではなく、新しい技術社会への適応を円滑に進めることが求められているのだろう。
国際分業の拡大
米中の関税つり上げ競争は激化の一途をたどっている。これは間違いなく、米国民、中国人民の双方に、大きな負の経済効果をもたらすことになる。
他の新興国も安心してはいられない。当初、中国から米国への輸出が難しくなれば自分の国の輸出が伸びるかも、こういうのを貿易転換と呼ぶが、要は漁夫の利を得られるのではとひそかに期待する声もあった。しかし今、彼らもそう甘くないことに気付き始めた。国際分業の形が昔とは違っているのである。
『世界経済 大いなる収斂(しゅうれん) ITがもたらす新次元のグローバリゼーション』は、経済活動のアンバンドリング(分解)という概念を導入して、国際分業の変遷をとらえる分析枠組みを提供している。1980年代までの世界の国際分業の主流は産業単位であった。この国はこの産業に比較優位がある、一方こちらの国はこの産業に、といった具合に国際分業パターンが決まり、また国際貿易の多くは完成品か原材料であった。それが、1990年ごろを境に、大きく変わってくる。工程間あるいはタスク間の国際分業が機械産業を中心に急激に拡大し、国際貿易の大きな部分を部品・中間財が占めるようになった。
そうなると、国境のこちら側は自国民、あちら側は外国人という図式が通用しなくなる。関税をかけるといったいどこに負の影響が及ぶのか、そう簡単にはわからなくなる。世界金融危機や東日本大震災の影響がバリューチェーン(価値連鎖)を通じてはるか遠いところまで波及していったことを思いだそう。我々の住む世界は複雑につながっている。
新たなルールを
米中対立は根が深い。一方、米国としても、中国抜きにバリューチェーンを組み直すのは容易でない。大事なことは、どうやって中国をはじめとする新興国に、国際通商政策秩序の中に入ってきてもらうかである。中国などの抱える貿易政策上の問題点は、知財保護、補助金、国有企業、電子商取引など多岐にわたる。中国をはじめとする新興国の台頭とデジタル革命の動向を踏まえ、新たな国際ルール作りが急務である。
『WTO 貿易自由化を超えて』は、専門外の人にはやや取っつきにくい本かも知れない。しかし、第2次大戦後築かれてきた国際通商政策秩序と今後の課題をここまで簡潔にかみ砕いて解説したものはない。新たなルール作りの出発点を示すものとなっている。=朝日新聞2018年11月17日掲載