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極貧がつくる人の強さと怖さ スタインベック「怒りの葡萄」

John Steinbeck(1902~68)。米国の作家。

桜庭一樹が読む

 一九二九年、世界大恐慌が起こった。お祭り騒ぎの二十年代(ゴールデンエイジ)が終わり、重苦しい三十年代が始まった。この時代を生きた人間の強さと恐ろしさを同時に描き切るグレート・アメリカン・ノベルこそ、本書なのだ。
 舞台は大恐慌後の中西部オクラホマ。不況と日照りと砂嵐に苦しめられた農民たちは、家も土地も捨て、車でカリフォルニアを目指した……。その過酷な旅を、旧約聖書の『出エジプト記』に重ね、重厚に描いている。
 旅路の果て、老人が病で死に、若い男は逃げ、妊婦が弱る。ようやく目的地に着いても、法外に安い賃金の仕事しかない。オクラホマからきた貧乏人こと“オーキー”どもで溢(あふ)れているから、好きに買い叩(たた)かれるのだ。
 父親は、故郷を恋しがって塞ぎこむ。対照的に、母親はどんどん強くなり、母性の対象をほかの家の子供にまで広げていく。若い息子はというと、バラバラだから弱い、団結して労働運動すべき、と誘われる。そんな一家にさらなるトラブルが……。
 本書が描くのは、極端な貧困状態を生き延びるため、人々が、自分は個人じゃなくて、大きな種族のひとかけらなんだと、認識を改めていく姿だ。たとえば、家族の誰かが死ぬが、隣家では赤子が生まれる。誰かが出て行くが、誰かが結婚する。こうして全体として生き残ることができれば、自分が死んでも、消えないはず、と。
 「飢えるのはごめんだといって喧嘩(けんか)するやつがいたら、おれはそこにいる」「みんなが怒って怒鳴ってるとき、おれはそこにいる」「母ちゃんがどこを見たって――おれはそこにいるってことだ」
 生活が困難になるほど、連帯は強まっていく。そして絶望した人々が、一人また一人、共同体に沈み込んでいくというこの物語を、わたしは震えて読んだ。
 本書は、三十年代最後の年である一九三九年四月に刊行され、たちまちベストセラーとなった。五カ月後に第二次世界大戦が勃発。世界は再びの戦火に見舞われた。(小説家)=朝日新聞2018年11月17日掲載