神奈川県藤沢市といえば、多くの人が最初に連想するのは「湘南」だ。だがヒップホップ好きにとって、藤沢はMOSS VILLAGEの通称で知られている。この呼び名は、DINARY DELTA FORCEというグループとともに広がった。
今回紹介するMiles Wordは、そんなDINARY DELTA FORCEらのヒップホップレーベル・DLiP RECORDSのラッパー。相棒・SHEEF THE 3RDとのグループ・BLAHRMYでも活躍している。Miles Wordは2016年1月に発表したアルバム「WORD OF WORDS」で大きく飛躍した。この作品は福岡を代表するトラックメイカー・Olive Oilと共作したもので、Olive Oil × Miles Word名義でリリースされた。
「『WORD OF WORDS』は3週間くらい福岡に行って、オリーブさんの家に寝泊まりさせてもらって制作して、地元に戻って仕上げた作品で、出来上がった作品はもちろんなんですけど、それ以上にオリーブさんたちと一緒に過ごした時間が大きかったですね。俺らは藤沢で音楽をやってるけど、実は音楽だけで生活できてるやつはほとんどいなくて。例えば作品を出しても、それで食べていけるのは精々3〜4カ月って時もあって。だから他の仕事を掛け持ちしたり、怪しい動きしてたりしてて。自分もまぁまぁ怪しい動きしてました。俺の場合はそっちで音楽より余裕で稼いでました。
でもあるとき、そっちの仕事が続けられない状況になっちゃって。オリーブさんとはそのくらいの時期に制作してたんですよ。彼らは完璧に音楽やデザインの仕事で食べてた。毎日音楽作ったり、絵を描いたり、映像作ったりして生きてる人たちと、初めて3週間も生活を共にして。あれはメールでデータのやり取りをしてるだけじゃわからなかった。彼らを見て、自分の生活も大きく変わりました。怪しげなことは全部辞めて、音楽だけに集中しようと思いました」
ラップでは常にリアルでいることを意識している
そんな彼が持って来てくれた最初の本は松本人志の『遺書』だった。この本は昨年末に放送された「絶対に笑ってはいけないトレジャーハンター24時!!」でもネタになっていたが、現在の松っちゃんなら絶対に言わない攻撃的な言葉が記されている。
「若い頃の松っちゃんが『天才松本様が物申す』というスタンスで、とにかくいろんな人をこき下ろしてます。新幹線でうるさい家族連れとか、変な仕事を振ってきたスタッフとか。普通そこまで言わないだろ、ってレベルで文句を言ってる。当時の松っちゃんは本当に飛ぶ鳥を落とす勢いだったし、本の中では自分がいかに努力しているかということも結構言ってて。そういう姿勢はヒップホップだと思ったんですよ。普通の人はここまで王様視点になれないし、どういうメンタルしてるんだろって。
この本を読むと、『UMB(フリースタイルMCバトルの大会)』が始まった2005年ごろのMC漢(漢 a.k.a GAMI)を思い出す。その時のMC漢はとにかく衝撃的で。王者の余裕みたいなのがあったし、音源もすごくて『そんなことまで言っちゃっていいの?』みたいなこともラップしてた。俺がラップを始めたのは『UMB』の影響もデカいんですよね。二人とも今は当時と全然違うけど、リアルであることは変わらない。俺もラップでは常にリアルでいることを意識してます。今の俺のリアルは音楽で稼ぎたいって感じです」
音楽で稼ぐことのプロ意識を教えてくれたOlive Oil&Popy Oil
Miles Wordは昨年、Olive Oilと再び共作。U_Know名義でアルバム「BELL」をリリースした。正式にユニット名も決まり、順風満帆に制作されたのかと思えば、そう簡単に話は進まなかったようだ。
「『WORD OF WORDS』が出た頃に、オリーブさんがすぐに新しいビート(トラック)をたくさん送ってきてくれたんですよ。前作もそうなんですが、俺はいつも送ってもらった中からビートを選んでラップを書いてたんですね。それで最初にできたのが『コノマチ』で、この曲は2017年の7月に出した『WORD OF WORDS』のアナログ盤に入れたんですよ。
このアナログは『WORD OF WORDS』に収録された前半の曲に『コノマチ』を足して刷りました。俺としては、この後にアルバム後半の曲とさらに別の新曲を入れたアナログをもう1枚出そうと考えてたんです。前編後編みたいな感じ。それで後編に入れる新曲のMV撮影をオリーブさんの弟のPopy Oilさんにお願いしました。ポピーさんはオリーブさんのレーベル・OILWORKSのロゴからジャケから映像から全部やってる人。前回のアルバムでもお世話になってて。
ポピーさんも福岡に住んでるので、MVは俺が向こうに行って撮影することになってました。でもこっちの都合で福岡に行くのが2カ月遅れてしまったんです。そしたらポピーさんのモチベーションがなくなってしまって。それでも他の映像ができる人を紹介してくれたり、撮影に来てくれたり、呑みに連れてってくれたりしたんですけどね。
1週間くらい福岡にいたんですけど、その滞在で“気づき”入りました。『WORD OF WORDS』のCDが出てから前半のアナログが出るまでに半年以上も経っちゃってたことや、真剣味もプロ意識もないなって。でもその時は意味がわからなくて、『プロ意識』って検索しましたけど(笑)。ポピーさんからしたら、俺は『音楽で稼ぎたい』って言ってるにも関わらず、行動が伴ってないと感じたんだと思う。
その後藤沢に帰ってからは、オリーブさんから送られて来るビートに全部ラップを乗せて返すって日々が始まって、それが『BELL』になった感じです。
でも例えば、『Free Jazz』という曲はどうやってリズムをとればいいかわからなかったんですよ。オリーブさんに電話したときに聞いてみても『Milesが良いと思う感じでやりな』って優しく突き放すし。もはや道場でしたね(笑)。この曲だけで完成までに1カ月くらいかかってます。でも自分で仮のドラムを入れたり、いろいろ工夫してたらビートの構造を理解することができて。そこからはスムーズにいきました。昔の俺だったらこの曲は確実に『わかんない』とスルーしてたと思う」
「マジで本気でやんなきゃ」ってベルが鳴った
2冊目は『HOW TO RAP 104人のラッパーが教えるラップの神髄』。この本は2011年に発売された邦訳版で、オリジナルは2009年にアメリカで発売された。ラップの教則本の中ではクラシックとも言える1冊で、Q・ティップ、チャック・D、ウィル・アイ・アムなどなど、100人以上のラッパーたちの貴重な証言が体系的にまとめられている。
「この本には俺が影響を受けた90年代のラッパーたちのインタヴューがたくさん載ってるので、出てすぐくらいに買いましたね。でも高いんで、確かパチンコで勝った時に勢いでゲットしました(笑)。この本はラップの技術云々もいいんだけど、細かいエピソードが面白い。
『シングルの選び方』みたいな章で、Dilated Peoplesのすごい有名な『Worst Comes to Worst』がシングルになった経緯が紹介されてて。この曲のプロデューサーはThe Alche-mistって人なんですよ。でもシングルになったのは、レコーディングの時にたまたま隣の部屋にいたDJ Premierの一言。スタジオに入って来て『これをシングルにしないなら全員ぶっ飛ばす』みたいなことを言ったらしくて(笑)。DJ Premierはこの曲と全然関係ないんですよ。でもそのエピソードもヒップホップっぽいというか。わけわかんない話だし、それをラップの教則本の『シングルの選び方』という項目で紹介しちゃうのも気が利いてると思うんですよ。
この本に載ってたんじゃないですけど、個人的に好きなのはKRS Oneの話。『ライヴの時はできるだけ衣装をたくさん着ろ』って言ってるんですね。ステージでアーティストがジャケットを脱いだりすると、ちょっとテンションが上がってるっぽく見える。そういう演出をするために、衣装はたくさん着てステージに立てって(笑)。この話は結構有名だから、日本人でも影響を受けてる人がたくさんいるはず。ラッパーがステージでダウンジャケットとかを着てたりするのは、自分を大きくゴツく見せたいとか、このKRS Oneのインタヴューが影響してる場合もあると思う」
ちなみにMiles Wordもこの教えを守っているという。最後に彼はU_Knowのアルバムタイトル「BELL」に込めた意味を教えてくれた。
「さっき話した“気づき”入った時、自分の中で『マジで本気でやんなきゃ』ってなったんですよ。その時にベルが鳴ったってイメージです。俺はこのアルバムで、自分の周りにいるやつらのベルも鳴らしたい。ちなみにアルバムの最後にCDバージョンだけ『BELL Remixx』って曲が入ってて、藤沢のDLiPのメンバー全員がラップしてる超豪華版。6人でラップする音源は結構レアなのでそこも楽しみにしてもらいたいですね」