- 米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社)
- 原田マハ『常設展示室』(新潮社)
- 伊与原新『月まで三キロ』(新潮社)
米澤穂信『本と鍵の季節』は、ミステリーとしても青春小説としても、おもしろく読める作品集だ。
高校二年生で、図書委員を務める僕(堀川次郎)が、同じ委員の松倉詩門と組んで、さまざまな謎に挑戦する、連作形式になっている。
祖父が死んで、開扉番号が分からなくなった金庫を、あけてもらえないか、という相談。自殺した友だちが、遺書を挟んだ本を探してほしい、という注文。松倉自身の、思い出の宝探しに始まり、予期せぬ犯罪に発展していく話、等々。いずれも、登場人物が発する何げない言葉から、解決の糸口をつかむ二人の、才気煥発(さいきかんぱつ)な応酬がおもしろい。
原田マハの『常設展示室』は、著者の専門(キュレーター)の知識と経験をベースにした、絵画を巡る作品集。
絵画に、あまり明るくない読者には、取りつきにくい部分もあろうが、それにこだわらずに読めば、独特の世界を垣間見ることができる。
収録作品のうち、巻末に置かれた「道」は、美術コンクールのエリート審査員が、候補作の中に古い記憶に触れる作品を見いだし、その作者を訪ね歩く物語。ありがちなテーマともいえるが、素直に胸を打たれる仕上がりになっている。こうしたお話を、ありがちでないように読ませるのも、作者のすぐれたわざを示すものだ。
伊与原新『月まで三キロ』は、理工系の作者のキャリアを活(い)かした、上質の作品集。
専門知識というより、理工系の観察力や考え方が、小説そのものの構成に、深く関わっている。そのため、蘊蓄(うんちく)が少しもじゃまにならず、むしろ物語に厚みを与える。
自殺の場所を探す男が、タクシー運転手と話をするうちに、考えが変わっていく表題作。静謐(せいひつ)な筆致で、恋ならぬ恋を淡々と描き出す、「エイリアンの食堂」。さらに、生活に疲れた主婦が山登りに行き、火山学者と助手の学生と知り合って、新しい生き方に目覚める「山を刻む」。これには、ちょっとしたどんでん返しもあり、読後感がよい。多種多様な物語を紡ぎ出す、この作者のふところの広さには、目をみはるものがある。 いずれの作品集も、短編の切れ味を存分に発揮した、佳作ぞろいといってよい。=朝日新聞2019年1月13日掲載