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「資本主義の歴史」書評 欲望の経済史 コンパクトに描く

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月16日
資本主義の歴史 起源・拡大・現在 著者:ユルゲン・コッカ 出版社:人文書院 ジャンル:経済

ISBN: 9784409510803
発売⽇: 2018/12/05
サイズ: 19cm/221p

資本主義の歴史 起源・拡大・現在 [著]ユルゲン・コッカ

 社会主義の崩壊後、資本主義という言葉は影を潜めた。その後を襲ったのが「市場経済」、そしてその思想的バックボーンとしての自由主義であった。
 無知で謬(あやま)りやすいのが人間だが、無知な人間でも自分のことは自分が一番よく知っている。市場経済はこのような人間に適合的な経済システムであり、計画経済の全知全能の人間観は「偽りの個人主義」である。こう述べて、ハイエクは市場経済を擁護した。資本主義は学者の観念的構成物にすぎず、あるのはただ、交換の体系としての市場経済のみである。
 しかし現代の経済、とりわけ社会主義崩壊後の経済は、アダム・スミス流の牧歌的世界ではない。それはまさしく「欲望の資本主義」(NHKのドキュメンタリー番組のタイトル)、人間の生活がマネーゲームのるつぼに流し込まれ、マネーが沸騰し自己増殖する「資本主義」の世界である。
 本書の著者にとっても資本主義は市場経済から区別されなければならない。市場経済は市場主義者のいう自生的秩序ではない。市場経済はいつも国家の後押しを必要とし、いまでも国は漁業権開放や水道の民営化など、ビジネスチャンスの拡大に余念がない。
 ローカルな市場からグローバルな市場へという通説にも著者は疑問を呈する。実際は、遠隔地貿易が発展の端緒を築き、付随して決済のための金融システムを発展させた。商業資本主義が工業を内包したのが狭義の資本主義(工業資本主義)であるが、本書を読むと、それは発展の終局ではなく、むしろ1エピソードにすぎないとさえ思われる。
 利益を産みそうなものは何でも市場化してしまえ、というのが「欲望の資本主義」であり、そのイデオロギーとしての新自由主義である。これに対し、著者は、資本主義が生育するには社会、文化、国家の中に非資本主義的土台が必要だと主張する。本書の意図を端的に要約する至言である。
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 Jurgen Kocka 1941年生まれ。ベルリン自由大名誉教授(ドイツ近現代史)。著書に『市民社会と独裁制』など。