1. HOME
  2. 書評
  3. 「セレブの誕生」書評 有名性が変容させた公共空間

「セレブの誕生」書評 有名性が変容させた公共空間

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月23日
セレブの誕生 「著名人」の出現と近代社会 著者:アントワーヌ・リルティ 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784815809331
発売⽇: 2019/01/10
サイズ: 22cm/413,52p

セレブの誕生 「著名人」の出現と近代社会 [著]アントワーヌ・リルティ

 「マス・コミによってつくられる『有名性』が、圧倒的に人々のあこがれの対象となるのは、画一化社会にふさわしい現象だ」(丸山眞男『自己内対話』)
 有名性を担う者が政治家であれば、この政治家は独裁的権力に手を伸ばすことも可能となろう。なぜなら、あこがれの対象となる政治家は、人々にとっては他に代わる者のない唯一無二の政治家であるだろうから。とまあ、こんなことを考えながら、本書をひもといた。
 『セレブの誕生』の「セレブ」とはセレブリティー、すなわち有名性(本書では著名性)のことで、日本語化したセレブではない。このような有名性がいつ歴史に登場し、どのようにして公共空間を変容させていったかを歴史学的に考察したのが本書である。
 本書のセレブリティーは同時代の人々がつくり上げる有名性である。この有名性が新しい現象であるのは、それが祭り上げられる当人の資質、能力、血統などの卓越性から切断された、いわば雪玉を転がすように自己拡大していく有名性だからだ。
 有名性が歴史的現象として出現したのはヨーロッパ近代である。すでにメディア社会の萌芽が見られ、公衆が新たな公共空間を形成しはじめる。このような社会的地殻変動の中で、ルソー、マリー・アントワネット、ナポレオンらの「著名人」が形成され、彼らの私的生活やスキャンダルが暴露されることによって、公共空間が変容していく。
 祭り上げられる有名人と祭り上げる公衆。本書では主として前者に焦点が当てられ、彼らの心的葛藤が詳述されるが、祭り上げる側についても記述が見られる。人気者現象は、一言で言えば、人々の距離が近い同質的社会に特有の現象だということである。有名性が政治の領域に移入されれば、権力そのものが変質しかねない。このことを考えるためにはセレブの政治学が必要となろう。
   ◇
Antoine Lilti 72年生まれ。フランス社会科学高等研究院教授(歴史学)。元「アナール」誌編集長。