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「ゆるく考える」「新記号論」 境界なく出会う場 再生への試み 朝日新聞書評から

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月20日
ゆるく考える 著者:東浩紀 出版社:河出書房新社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784309027449
発売⽇: 2019/02/27
サイズ: 19cm/333p

新記号論 脳とメディアが出会うとき (ゲンロン叢書) 著者:石田 英敬 出版社:ゲンロン ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784907188306
発売⽇: 2019/03/04
サイズ: 19cm/447p

ゆるく考える [著]東浩紀/新記号論 脳とメディアが出会うとき [著]石田英敬、東浩紀

 人生はいいときばかりではない。病気になる。仕事がうまくいかない。大切な人を失う。そうした危機に助けてくれるのは誰か。
 「家族や友人など、面倒な小さな人間関係しかないのではないか」、と『ゆるく考える』で東は言う。直接何度も会い、時間を共有し、良いところも悪いところも受け入れ合う、厚みのある関係の中でだけ人は成長できる。
 だがそうした場所が現代社会には少ない。職場では短期間に成果を求められる。ウェブ上では多くの人が簡単に集まり、駄目となればすぐ逃げ出す。どうしてこんな不寛容な世の中になったのか。デジタル化が進んで、身体が忘れ去られた、というのが答えだろう。
 身体はとにかく面倒くさい。臭うし、汗をかくし、何をするにも時間がかかる。その点、データ化された言葉は面倒くさくない。汚くないし、一瞬で遠くまで伝わる。かくして、僕らは自分をデータと同一視することにした。
 そして他者の面倒くさい身体は排除されるようになる。それは移民も、障害者も同じだ。だがその排除はやがて、自分にも適用されるだろう。なぜならすべての人は老い、弱るからだ。
 ならば社会に身体を取り戻そう、というのが東の試みである。その身体はあらゆるものに及ぶ。たとえば高低差と所得格差が繋がることから、東京の地形という身体に彼は気づく。
 それだけではない。破壊された原子力発電所に「観光」に出かけることで、科学者の説明にも報道の言葉にも出てこない、原子力の身体を見いだす。
 どうして彼はそんなことをするのか。友と敵に簡単に分かれ、互いの意見など聞こうともしない、という高度にウェブ化された現代において、誰もが逃れられない身体を基盤に、人々が出会える場所を再生しようとしているからだ。
 だから東は時間制限なしにゲストが話せる「ゲンロンカフェ」を作った。石田英敬との共著『新記号論』はそこでの、13時間以上に及ぶ対話の記録である。
 話題となっているのは、現代社会にいかにくさびを打ち込むか、だ。SNS上で憎しみや怒りなどの感情は感染し、世界中に瞬く間に広がり、政治まで動かす。
 こうした脳同士の模倣による暴力の連鎖をどう止められるのか。石田が提案するのは切断と沈黙だ。コミュニケーションのうねりからいったん自分を引き剥し、沈黙の中で物事を捉え直す。自分の身体に立ち戻りながら、人類の身体である歴史に目を向ける。
 もちろん、こうした身体の回復を支えられるのは、面倒くさい人間関係の他にない。東の一連の活動は、真の意味で批評的だ。
    ◇
 あずま・ひろき 1971年生まれ。批評家、作家。批評誌『ゲンロン』編集長。『ゲンロン0 観光客の哲学』で毎日出版文化賞▽いしだ・ひでたか 1953年生まれ。3月まで東京大教授(記号学、メディア論)。