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忘れられない令和初日 湊かなえ

 人生において忘れられない一日。その中の一つに、剣道部に所属していた高校3年時の高校総体地区予選大会の日があります。努力は報われるということを実感できた、後々の苦しい時期を支えてくれる一日となりました。そして、同じく剣道部に所属する娘の同様の大会が、令和の初日に行われました。

 元号またぎは、作家らしく小説を書きながら過ごそうと決めていたのに、試合のことが気になってまったく手につかず、試合に持っていくおにぎり作りで新元号を迎えてしまいました。

 早朝、娘を試合会場まで車で送りとどけ、後ろ髪を引かれる思いで家に戻ります。会場で応援したいけれど、私が見に行かない時の方が勝率が高いので、ゲン担ぎを優先することにしたのです。

 そのまま、トイレ掃除。家に2カ所あるトイレをピカピカに磨き倒したところで、会場にいる友人から、娘が準決勝に進んだという連絡を受け、すぐに出れば決勝に間に合うかも、と家を飛び出しました。

 が、会場に着くと、すでに女子の試合はすべて終了しており、娘が準決勝で敗退したことを知りました。どの試合もよい内容だったらしく、最初から見ていればよかったな、と後悔したものの、県大会の出場が決まったのはゲン担ぎのおかげ(本人の努力の結果だとはわかっていますが……)だと思うことにして、そのまま男子の応援へ。

 表彰式を録画して、100パーセントではないけれど、自分の試合に後悔はない、という娘と帰宅し、ささやかなお祝いをかねて、夜は家族でピザのおいしい地元のお店に行きました。もちろん、乾杯のかけ声は「令和」です。

 母と娘の試合結果は同じです。ただ、運動神経が母より格段に勝る娘は、当時の私とは違う思いを抱いているはずです。それでも三〇年後、令和の初日を問われたら、なかなかいい一日だったな、と母娘共々(ともども)思い出すのではないでしょうか。=朝日新聞2019年5月15日掲載