編集者の実力とベストセラーはときに無関係だ。
僕が作ったカズオ・イシグロ『わたしを離さないで』もよく売れたが、本の力がすべてだった。運のめぐりで担当になっただけで自分の企画ですらなかった。
それでも『わたしを離さないで』が傑作なのは、原稿を読んですぐに分かった。イシグロは試行錯誤の時代を抜けて、別次元の作家になったのだ、と脳がしびれるような感動を覚えた。
イシグロは語りの作家だ。その小説の語り手たちは、ときに真実を語らず、ときに自意識過剰であり、その記憶は我々と同じく不確かだ。これこそがリアルではないか。近代文学的な語り手たちを、一気に噓(うそ)にしてしまった感さえあった。
『わたしを離さないで』では、その語りの技(わざ)とストーリーテリングの巧みさが見事に融合していた。と書くともっともらしいが、つまり文学的かつ、すごく面白いということだ。
世に出るとあっさりと評判になった。映画化、舞台化、ドラマ化され、挙句(あげく)の果てには、著者がノーベル文学賞を取ってしまった。
編集者はただぼんやりしていただけだ。
面白いのは、いま僕が仕事をしている書き手や翻訳者の多くはイシグロを通じて出会ったということだ。そこから様々な本や企画が生まれ、僕もようやく編集者らしい仕事ができるようになっていった。
本は編集者が作っている。がしかし、作られているのはこちらなのだ。=朝日新聞2019年6月12日掲載
編集部一押し!
-
インタビュー 小林恭二さん「三鬼」 不穏な時代に輝くトリックスター 今だからこそ昭和15年の気配を 17年ぶりの小説 朝日新聞文化部
-
-
中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 けがでの離脱者多いけれど、全員で団結して進もう。「愛、理性及び勇気」を読んで考えた、目的地への「必要な迂回」 中江有里 中江有里
-
-
新作映画、もっと楽しむ 映画「キングダム 魂の決戦」小栗旬さんインタビュー 天才軍師の背負うものとは 根津香菜子
-
杉江松恋「日出る処のニューヒット」 荒木あかね「おむこさんは殺人鬼」で示された新人とは思えない腕前(第40回) 杉江松恋
-
コラム アメリカ・政治と戦争 さまよえる超大国のゆくえ 【じんぶん堂注目記事セレクト】 加賀直樹
-
本屋は生きている 甲羅文庫(千葉) 「しょんぼりしたままでもいい」 社労士×古本屋店主が目指す、無理に前向きにならなくてもいい居場所 朴順梨
-
トピック 【PR 光文社・創英社・みすず書房・ミネルヴァ書房】プレゼント 朝日新聞1面広告の本、好書好日メルマガ読者計20名様に
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
インタビュー 江國香織さん「外の世界の話を聞かせて」インタビュー 頭の風通し良く、気持ちさっぱり自由になって PR by 集英社
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版