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特殊能力者たちの知恵比べ 書評家・杉江松恋

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『ヒッキーヒッキーシェイク』 津原泰水著 ハヤカワ文庫JA 886円
  2. 『悪魔のトリック』 青柳碧人著 祥伝社文庫 734円
  3. 『指名手配』 ロバート・クレイス著 高橋恭美子訳 創元推理文庫 1469円

 (1)カウンセラーの肩書を持つ男、JJこと竺原(じくはら)丈吉が集めた四人のヒキコモリによって、一つのプロジェクトが発足する。「不気味の谷」を越えることができる、架空人物を電子空間上で創り出そうというのだ。
 それぞれに思惑が違って一丸とは言い難い状況ながら、彼らは走り出した。発案者のJJ自身にも秘めた意図があり、やがてプロジェクトは予想外の方向へと進み始める。
 本書はミステリーというジャンルのみに収まる作品ではないが、予想をことごとく裏切るプロットが心地よく、謎めいた物語が好きな読者の心を満足させてくれることは間違いない。第一級の娯楽作品だ。

 (2)地上に降臨した悪魔によって特殊能力を授けられた殺人者たちと異能の刑事・九条一彦の知恵比べを描いた連作短編集である。
 漫画『ワンピース』を連想させる【悪魔の力】は、【動物の死体の大きさを変える力】など、役に立つかどうかわからないものばかり。それをどう使って殺人を犯すか、という点にミステリーとしての興趣がある。やたらと尊大な九条のキャラクターもいい。

 (3)は1980年代から書き継がれている私立探偵シリーズの安心ブランドだ。性格は軽いが頼りになるエルヴィス・コールが、連続窃盗の罪を犯した少年のために奔走する。2人組の犯罪者が少年を追っており、その手から守りながら彼を警察に自首させるという難しい依頼にコールは取り組むのである。動きの多い物語の中に、探偵の大人の魅力が光る。=朝日新聞2019年6月15日掲載