堀部篤史が薦める文庫この新刊!
- 『明治生まれの日本語』 飛田良文著 角川ソフィア文庫 950円
- 『不良少年とキリスト』 坂口安吾著 新潮文庫 529円
- 『モナリザの微笑 ハクスレー傑作選』 オルダス・ハクスレー著 行方昭夫訳 講談社文芸文庫 1728円
私たちがいま当たり前のようにして使う言葉のうち、明治以降に生まれた新語は案外少なくない。例えば「美術」という用語は明治6年のウィーン万博参加を機に制度的に作られたものだ。それによって工芸と美術が枝分かれし、そこにある種のヒエラルキーが生じる。新たな言葉が誕生することはそれを使う私たちの考え方自体が変化するということでもある。(1)は、「東京」「時間」「家庭」「個人」など明治以降に親しまれるようになった言葉の生誕の過程を追ったドキュメント。坂口安吾の評論9本を収めた(2)でも、「日本の言葉は明治以来、外来文化に合わせて間に合わせた言葉が多い」と綴(つづ)っている。その代表的な言葉として恋愛を論じ、「つまらぬもの」と突き放しておきながら「恋愛は、人生の花であります」と締める「恋愛論」や、読者に語りかけるような筆致で、歯痛の話から太宰治の死、その作品論へと展開、しまいには戦争や学問の本質にまで言及する表題作「不良少年とキリスト」が白眉(はくび)。
オルダス・ハクスレーの短編集(3)には、科学者と文学者、両方の資質を持った著者の特異性が読み取れる。音楽と数学の才能を持つ少年が養子に出されることによって、その未来を奪われてしまう「天才児」には、国家規模で生殖、養育を管理することで、高度資本主義社会が維持される未来世界を描いた代表作『すばらしい新世界』と通底するテーマが。言語や環境と人間の間の相互関係について考えさせられる3冊。=朝日新聞2019年6月22日掲載