1. HOME
  2. コラム
  3. エンタメ for around 20
  4. オタクがラップと出会ったら 佐波彗「ディスキャラ メグルくん」

オタクがラップと出会ったら 佐波彗「ディスキャラ メグルくん」

 音楽に疎いせいもあって、評者は少し前までオタク文化とラップは完全に水と油の関係だと思い込んでいた。ところが最近では、ラップバトルにRPGの要素を盛り込んだ人気テレビ番組「フリースタイルダンジョン」をはじめ、男性声優によるラップソングプロジェクト「ヒプノシスマイク―Division Rap Battle―」がブームを起こし、アニメやマンガでも時々「ラップ回」を見かけるようになってきた。第31回ファンタジア大賞で審査員特別賞を受賞した佐波彗(さなみすい)のデビュー作、『ディスキャラ メグルくん オタクがラップでギャルとバトったら、青春ラブコメ始まった!?』も、そんなラップがテーマのライトノベルだ。

 廻裏(まわり)メグルは、教室の「リア充」たちを呪い、肌身離さず持ち歩いている「ディスノート」に悪口を書き付けるのが日課のオタクで「陰キャ」な高校2年生。だがそれを学年一の美少女・炬詠燦心(こよみさんご)に読まれてしまう。ラップ好きで「ディスられることは……もっと好き」な燦心は、メグルの悪口にディスの才能を見いだし、彼を強引にラップの世界に誘う――。

 本書はまずラブコメとして大変面白い。ディスられるほどに興奮する燦心と、彼女にそそのかされてノートに書いた悪口をビートに乗せて叫ぶうち、次第にラップにハマり出すメグル。すると、そこにもうひとりのヒロインが現れ三角関係に……と王道のストーリーで楽しませてくれる。ささいなきっかけですれ違った2人が思いをぶつけ合う定番のクライマックスもラップバトルという形式をとることで新鮮さが生まれている。

 完全に素人なメグルに燦心が一から手ほどきしてくれるため、評者のような素人にはラップ入門としてもありがたく、読んでいると作中のラップがいつの間にかリズムに乗って聞こえてくる。

 何も知らずに悪口を言うだけだったメグルが、リア充たちの文化に実際に触れ、逆に自分の好きなものを伝えるためにオタクならではのラップを生み、やがてはリア充と陰キャを繫(つな)ぐ存在になっていく展開は、ある種の異文化交流ものと言えるかもしれない。

 ひとりの少年がヒロインと出会い、新しい世界を知り、変わっていく……異色の題材を用いて、ド直球の青春ラブコメに仕上げた、新人らしい快作だ。=朝日新聞2019年6月15日掲載