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聴くもよし、読むもよし 早川書房・山口晶さん

 矢野誠一『落語手帖(てちょう)』はいつも枕元に置いてある。眠れない夜にぱらぱらとめくるためだ。

 落語を聴くのが趣味で、寄席にも足を運ぶが、関連書や噺家(はなしか)の手になる本を読むのも好きだ。

 立川談四楼『ファイティング寿限無』は最高の娯楽小説だと信じているし、最近では、瀧川鯉昇(りしょう)の自叙伝『鯉(こい)のぼりの御利益』も素晴らしかった。庭の草を食べる彼の師匠の破天荒ぶりには爆笑してしまった。

 落語は聴くもよし、読むもよしなのだ。

 自分は翻訳小説の担当が多いので、普段はモンタナで発生した連続殺人だとか、近未来中国のSFだとかばかりを読んでいる。それはそれで面白いのだが、たまには「江戸の風」を感じたくもなる。

 それにしても落語というのは不思議なものだ。演者が巧みなら、同じ噺を何度聴いても笑って(泣いて)しまう。明治・大正期に作られた噺が、繰り返し繰り返し聴く者を感動させるというのは、まさしく「古典」の本義である。

 編集者としては、その落語から物語や登場人物の型を学べるのではとの思いもある。だから、夜な夜な『落語手帖』を開く。

 この本は主要な落語のあらすじや成り立ちが一席一頁(ページ)ずつにまとまっている解説書だ。とは言っても堅苦しいわけではなく、その含蓄がありながらも柔らかな語り口を追っていると、寄席に座っているような穏やかな心持ちになり、健やかな眠りが得られる。

 名人の落語と同じ効果がある名著なのだ。=朝日新聞2019年6月26日掲載