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「迷うことについて」書評 「私」の アメリカの 喪失と跳躍

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月29日
迷うことについて 著者:レベッカ・ソルニット 出版社:左右社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784865282344
発売⽇: 2019/05/01
サイズ: 20cm/233p

ソクラテスはいう。未知を知ることができるのはそれを思い出しているからだ−。著者自身の個人史と世界史の両方に分け入りながら、迷いと痛みの深みのなかに光を見つける、哲学的思索…

迷うことについて [著]レベッカ・ソルニット

 ソルニットといえば『説教したがる男たち』、#MeToo運動などとともにフェミニズムの騎手と見られているかもしれない。しかし、この人生の豊かな価値についての思索を収めた「迷うための手引」ともいえるエッセイ集は、より深く広いソルニット像を見せてくれる。
 奇数章はソルニットの自伝である。新大陸にやってきたユダヤ系移民の祖母らの断片的な物語、恋人と一緒に映画を撮った廃病院、ドラッグで早逝した美しい友人へのオマージュ、砂漠に住む男とコヨーテやガラガラヘビ、そして厳しかった父のことなど。
 ソルニット自身の喪失と未知への跳躍の物語の間に、「隔たりの青」というテーマがミルフィーユのように挟みこまれる。それらは、アメリカの伝記、侵略者と先住民に始まるアメリカの喪失と跳躍の物語である。穏やかな語り口で批判するでもなく悲観するでもなく綴られた物語は、森の奥で湧き出す清水のように爽やかで心に沁みてくる。
 ソルニットが廃病院で映画を撮った1980年代初頭は、「モダニズム、アメリカン・ドリーム、産業資本主義、そしてある種の都市」の終わりの時代だったという。街に溢れる廃墟がその時代の象徴であり、「自然に委ねられた人間の構築物は荒野(ウィルダネス)の誘惑を孕」む、手放されたもののランドスケープ、未知の予感に満ちた場所だという。
 今の日本にも同じような風景が迫ってきている。オリンピックなどの華やかな政策で見えにくくはなっているが、空き家や過疎地、教育や福祉、管理社会の強化などの諸相に広がる暗雲は、私たちが「何かの終わりの時代」に生きているという感覚を強める。もはや未知のものも出会うべき他者もいないなどといいだしかねない現代社会の「自惚(うぬぼ)れ」から逃れ、未知の予感と野生を孕んだ生き生きとした都市、草花や動物たちとともにある豊かな生活を取り戻していきたいと願う。
    ◇
 Rebecca Solnit 1961年生まれ。米国の作家、歴史家、アクティビスト。著書に『災害ユートピア』など。